(1)美味しいもの好きのあなたへ ではまず、美味しいものが好きなあなたが、「美味しいものを食べているとき」を考えてみてください。何か「新しい発見」があるほうが、より幸せ感が高まるのではないでしょうか。私は、子供の頃に初めてフレンチトーストを食べたとき、「こんな美味しい食べ物がこの世にあったのか!」というくらい感激したことを、今でもハッキリと思い出すことができます。美味しいものの「新しい発見」は、そのくらい強烈なインパクトで記憶に残るのです。しかし、現代日本は「飽食の時代」と言われて久しく、世界中の美味しい食べ物が比較的容易に食べられるようになり、美味しいものの「新しい発見」など、滅多に体験できなくなったといえるかもしれません。そんな現代日本において、美味しいものの「新しい発見」の未開拓分野があるとするなら、それは「お酒と料理のマッチング」であるといえるでしょう。前章のとおり、日本酒嫌いだった私が日本酒の美味しさに目覚めていったのも、基本的にはこの「お酒と料理のマッチング」の力でした。そこには、嫌いなものが好きになるくらい、大変強力なパワーが秘められているのです。
しかし現実には、「『お酒と料理のマッチング』は、美味しいものの『新しい発見』になるかもしれないけど、何だか難しそうで、面倒くさそう。」と、思われる方が少なくないのではないでしょうか。確かに「お酒と料理のマッチング」は、ワインには「ソムリエ」が、日本酒には「唎酒師(ききざけし)」という資格制度があるように、専門的に学ぼうとするなら、奥が深く、難しい部分があるのは事実です。しかしそれは、あくまでプロの場合であって、一般の生活者である皆さんが、美味しいものの「新しい発見」のためということなら、難しいことも面倒くさいことも、まったくありません。ワインには、やや難しい部分が残るかもしれませんが、日本酒の場合、日本人なら何も難しいことなどないのです。ではここで、皆さんが覚えておいて絶対損はない「日本酒と料理のマッチング」の簡単な秘訣をお伝えしましょう。それは、以下の4つです。
- ➀その土地の料理にはその土地の日本酒を。
- ➁軽い料理には軽めの日本酒、重い料理には重めの日本酒。
- ➂日本酒と料理、似たもの同士は相性が良い。
- ➃日本酒は、反発する料理がほとんどない。
まず➀の「その土地の料理には、その土地の日本酒を」については、何となく体験がある方もいらっしゃることでしょう。たとえば、高知県といえば「鰹のタタキ」が有名ですが、これには高知県の辛口骨太な男酒がバッチリです。私も鰹のタタキは大好物ですが、いまや「鰹のタタキはそれだけでは完成品じゃない!」とまで思っています。つまり、辛口の土佐酒とともにいただいてこそ、本当の美味しさを堪能できるという意味です。鰹のタタキの美味しさを、辛口の土佐酒が出汁のように下から支えて押し上げ、グンと引き立ててくれます。そして、後口はサラリと流れるように切れますから、また鰹が食べたくなる。鰹を食べるとまた土佐酒が欲しくなる。鰹、土佐酒、鰹、土佐酒、鰹、土佐酒・・・交互にやると止まらなくこと請け合いでしょう。
同様に、各地の例を思いつくままに挙げてみましょう。上品な白身の旨味が絶妙な秋田の「ハタハタの塩焼き」と、なめらかでキメの細かい秋田酒。濃厚な磯の風味が膨らむ宮城の「焼き牡蠣」と、やわらかな旨味の宮城酒。ナチュラルなコクが絶品の山形の「いも煮」(牛肉)と、透明感のある旨味を持つ山形酒。海苔の風味とヌメリが独特の旨さの新潟の「へぎソバ」と、淡麗辛口で絹のような女酒の新潟酒。濃厚な旨味がたまらない岐阜の「飛騨牛の朴葉味噌焼き」と、濃醇辛口の岐阜酒。やわらかな小魚の旨味と酸味が絶妙な岡山の「ままかりの酢漬け」と、米の旨味が生きた軽やかな甘口の岡山酒。脂の乗った旨味たっぷりの大分の「関サバの刺身」と、スッキリと淡麗で甘めの大分酒。・・・挙げていけばキリがないですが、書いているだけでヨダレがあふれてきてしまいました。要するに、「食だけでは味わえない、酒だけでは味わえない、最強の美味しさがそこにある!」ということなのです。
尚、前記の料理は、現地に行かなければ食べられないような料理が多かったですが、珍味ならお取り寄せも可能なものが多いでしょう。たとえば高知なら鰹の内臓の塩辛「酒盗」、秋田なら「いぶりがっこ」、宮城なら「牡蠣の塩辛」・・・等々と、全国各地にその土地ならではの珍味が存在しており、それらはやはり、その土地の日本酒と合わせていただくと間違いなく絶品なのです。また、少し補足ですが、それぞれの土地の料理に最も相性が良いのは、その土地の日本酒の中でも、純米酒か本醸造酒あたりで、あまり香りがフルーティなタイプではないものをお薦めいたします。料理と合わせていただく場合は、あまりフルーティ過ぎる香りは邪魔になってしまうからです。
そして「身土不二(しんどふじ)」という言葉をご存じでしょうか?もともとは仏教用語のようですが、「自分の身体と生まれ育った土地の風土は同根」というような意味です。つまり、日本人なら日本でとれた食材を中心にした食生活をおくることが、健康で長生きする秘訣だということなのです。「スローフード」や「地産地消」も、同様の意味の言葉だといえ、近年こういった考え方や食生活は世界中でますます主流となりつつあるのです。
次に➁について。軽い料理には軽めの、重い料理には重めの日本酒を合わせると良いということです。第1章の「表1」の前半に出てくる料理と日本酒はどちらかというと軽め、後半に出てくる料理と日本酒はどちらかというと重めといえるでしょう。軽めの料理と軽めの日本酒の組み合わせの方が、とっつきやすいということです。また、単に魚といっても、白身や貝類のようにあっさり淡白なものから、鰹やマグロ、ブリ、秋刀魚など赤身や光り物で脂がのっているものまでいろいろです。また、同じ肉でも鶏肉や豚肉のように白身のものから、牛肉、羊肉のような赤身、個性の強い臓物類まで様々です。つまり、魚、肉という区分けではなく、味わいが「軽い」「淡白」なものならサッパリとした「軽い日本酒」、味わいが「重い」「しっかり」したものならコクのある「重い日本酒」という組み合わせが良いということです。また、塩コショウだけの軽い味付けやさっと炙っただけのものなら「軽い日本酒」、さまざまなソースを使いこってり仕上げたものや長時間煮込んだものなら「重い日本酒」が相性の良い組み合わせとなります。
ちなみに、「重い料理」にあえて辛口の「軽い日本酒」を合わせることで、重い味わいを「流す」ことにより次の一口をスッキリと食べることができ、箸も杯もドンドン進むという合わせ方もあります。これは、「重い料理」に「重い日本酒」を合わせると、確かに相性は良いのですが、口中が重い味わいでいっぱいになり、次の一口や次の一杯に進みづらくなるという欠点がありますので、それを防ぐという意味で、知っておくととても便利な合わせ方です。
続いては➂について。日本酒と料理の香りや味わいの中に、お互いに似た点があると、相性が良いということです。第1章に登場したキノコ料理と樽酒の組み合わせは、まさにこれです。キノコは「木の子」ですから、木の風味があります。日本酒を杉樽に入れて木の風味を付けた樽酒も、木の風味がありますから、キノコ料理と樽酒は最高の相性でマッチするというわけです。また、意外かもしれませんが、日本酒とチーズの組み合わせも、このパターンなのです。日本酒とチーズを合わせるなどと言うと、意外に思われる方が少なくないでしょうが、実はナント!チーズにはワインよりも日本酒の方が確実に合うのです。ワインは日本酒と比べるとかなり個性が強いため、「このワインとこのチーズ」なら大変相性が良いということはありますが、「チーズ全般」と「ワイン全般」となると、相性が悪い組み合わせも少なくありません。しかし、日本酒の場合は、「チーズ全般」と「日本酒全般」に相性が良いといえるのです。その理由は、日本酒は酒類の中でもアミノ酸が豊富で、旨み・甘み・柔らかな酸味をもっています。これは、まさにチーズの味わいと同じなのです。さらに、日本酒造りの際に重要なのが乳酸の存在ですが、チーズは乳酸発酵ですから、これも相性の良い理由のひとつになります。ですから、日本酒を飲みながらチーズを食べるとお互いの風味を引き立ててくれるというわけです。また、日本酒の醸造には麹(こうじ)を使いますが、麹はカビの一種ですから、カビを使ったチーズとも相性が良く、風味的にも合うというわけです。
お次は➃について。実は日本酒は、反発する料理がほとんどないという、世界でも大変稀なお酒なのです。そしてその、他の酒類にはない最大の特徴は、海産物全般から生臭みを引き出すことがほとんどないという点です。特にキャビア、イクラ、カズノコなどの魚卵類は、どんなワインと合わせても生臭みが生じてしまいますが、日本酒なら生臭みも、異臭や異味もほぼ生じさせません。さらに、魚類や動物の血液などに対しても、同様の効果を示すのです。とにかく日本酒は、ほぼ全素材、全調理法の間で反発を生じることがなく、また料理の味を歪曲せず、「加える」「消す」「流す」「調和させる」といった役割を見事に使い分けるという、大変広い可能性を持っているといえるでしょう。
このような、4つの秘訣をベースに、「日本酒と料理のマッチング」を楽しめば、次々に美味しいものの「新しい発見」をすることができ、「今この瞬間の幸せ」に気づく力が養われることになり、あなたの人生は幸せに導かれていく・・・というわけです。ちなみに「日本酒と料理のマッチング」の秘訣には、さらに知っておくと大変得する基本が、あと2つあるのですが、それらについては次の「季節感や旬が好きなあなたへ」にてご紹介させていただきます。