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First part of the gate
<十牛図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【尋牛(じんぎゅう)】:牛を探しに旅に出る
牛とは、本来の自分、真の自己を表しています。元々のお釈迦様の教えの基本は、「自分が拠り所とするべきは自分である」ということです。しかし、私たちは「六根(ろっこん)」、六つの感覚器官の「眼」「耳」「鼻」「舌」「身」「意」を使い、眼で物を見る、耳で音を聞く、鼻で匂いを嗅ぐ、舌で味わう、身体に触れる、意識であれこれ思い巡らす、という六つの感覚によって、外の対象から情報を得て暮らしています。この外の対象物によって心がかき乱され、本来の自分を見失ってしまうことで、私たちに「迷い」が生じるのです。つまり、本当の自分とは自分の内にあるものなのですが、まだそこに気づかず、外に向かって自分探しの旅に出かけるというのが、「十牛図」の一番目「尋牛」です。
<「尋牛」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【見跡(けんせき)】:牛の足跡を見つける
「十牛図」の二番目「見跡」には、牛の足跡を見つけた絵が描かれています。これは、良き教えなどに触れて、「この道を行けばいいんだ」と知る、自らの進む道に気がつくという段階です。ただし、牛の足跡ばかり見ていて、本物の牛に出会ったときにすれ違ってしまうような愚かなことがないように気をつけなければなりません。これは、たとえば本ばかり読んでいて大事な真理を見失うことがないように気をつけなければならないという意味です。しかし、まだ牛の姿は見えていません。つまり「迷い」の世界からはまだ逃れられないのです。
<「見跡」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【見牛(けんぎゅう)】:ようやく牛を見つける
「十牛図」の三番目「見牛」には、ようやく牛の姿が現れています。これは、「六根」を手がかりにして本当の自分を見つけていくという段階です。人間は「六根」の働きがなければ生きていくことができません。「六根」が外の世界に触れたとき、人間は「好き」「嫌い」「どうでもいい」という三つの反応を起こしますが、それらの反応が過剰になったとき、貪りや怒りや愚痴、愚かさといったあらゆる「迷い」が生じるのです。「六根」が迷いを生じさせているとも言えます。しかし、実は眼や耳だけでは見ることも聞くこともできません。根本にある心が働いていなければ、見ることも聞くことも、何もできないのです。この心そのものは取り出すことも絵に描くこともできませんが、それはあらゆる働きの中に溶け込んでいるのです。「六根」の働きの中に、自分の中に、元々素晴らしいものが備わっているのだということに気がつきなさいということです。
<「見牛」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【得牛(とくぎゅう)】:野生の牛はすぐに暴れ出す
「十牛図」の四番目「得牛」は、牛を捕まえることはできましたが、すぐに暴れ出し、時には牛が逃げ出してしまうという段階です。ようやく捕まえたけれども、それまで放し飼いにされていた野生の牛、つまり自由気ままに、欲望のままに暮らしていた心は、ちょっと気を許すと暴れて、再び逃げ出そうとするのです。心の習性は簡単に変えることはできません。日常的に自分の心を見つめるという習慣をつけ、心に縄をつけて暴れないようにしっかり手綱を引き締めなさいということです。
<「得牛」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【牧牛(ぼくぎゅう)】:暴れる牛をいかに飼い馴らすか
「十牛図」の五番目「牧牛」は、心を飼い馴らす練習をしていくという段階です。様々な方向に揺れ動き、すぐに暴れ出す自分の心を、第三者的に高いところから俯瞰し、よく観察し、飼い馴らす訓練をするということです。そのために有効なのが、坐禅や瞑想であり、その基本になるのが呼吸法です。橋の上から川の流れを見つめるように呼吸を見つめ、そして呼吸を見つめるように自分の心の働きを見つめます。すると、常に呼吸というものが船の錨のような働きをして、本来の自己に立ち返ることができるのです。それを繰り返していくと、だんだんとそのような習慣がついて暴れる心が収まってくるというのが、「牧牛」の教えです。尚、呼吸法につきましては、「門前編・其の弐」の「白隠禅師との出会い、『口は幸せのもと!』、そして酒道と呼吸法」をご参照ください。
<「牧牛」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【騎牛帰家(きぎゅうきか)】:牛に乗って故郷に帰る
牛が飼い馴らされれば、牛飼いと牛は一体となり、牛を御する必要もありません。理想の自分と現実の自分が一つになり、心の平安が得られるという段階が、「十牛図」の六番目「騎牛帰家」です。心を飼い馴らす戦いの後に、安らぎの世界がやってくるのです。自分と牛とが一つになっていく様子を、自分が牛の上に乗っている姿で表現されています。子供が歌うような童謡を笛で吹き鳴らし、牛に乗って、雲や大空の様子をゆったりと眺めながら、故郷に向かっているという状態です。
<「騎牛帰家」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【忘牛存人(ぼうぎゅうそんじん)】:飼い馴らした牛は忘れてしまっていい
牛と自分が一体となれば、もう牛は必要ありません。目指す自分と本来の自分がピタッと一つになったのですから、もはや牛は忘れてしまっても構わないという段階が、「十牛図」の七番目「忘牛存人」です。「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」という言葉の通り、自分の普段の当たり前の暮らしがそのまま道に適っている、目指すべき道と自分の毎日の暮らしとが一つになっているという状態です。
<「忘牛存人」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)】:牛も人もいなくなった「一円相」の世界
「十牛図」七番目の「忘牛存人」では牛がいなくなりましたが、八番目の「人牛倶忘」になると、今度は人もいなくなってしまいます。牛も人もいなくなった世界。これを「一円相(いちえんそう)」、「空(くう)」の世界と言います。絵のように、ただ一つの円によって表されるような世界です。迷いの心が無くなっても悟りの心が残っていると、これもまた迷いを生み出す原因になります。「自分は悟りを得た」ということが執着となり、迷いや苦しみを生み出してしまうのです。何ものにも、悟りにすら、偏らず執着しないという心境に到らなければなりません。しかしこの「一円相」は、ここまで学んで到り得た末の「一円相」ですから、ただ単に何も無いだけのような世界ではありません。紅炉の上のひとひらの雪が一瞬で消えてしまうように、瞬時に雑念が消え去るような、静かな心の火が燃えている、理想の焔を燃やしている状態です。心気、気力が満ち溢れた、「充実した無」の世界と言えるでしょう。
<「人牛倶忘」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【返本還源(へんぽんげんげん)】:無の世界から有の世界へ還る
「十牛図」八番目の「人牛倶忘」は何も無い「一円相」の世界でしたが、この「空」の世界を通してこそ、初めて「あるがまま」の世界を「あるがまま」に味わうことができるのです。この段階が九番目の「返本還源」です。無心の世界にいればこそ、サッと窓を開いたならば今まで以上に自然が鮮やかに見えてきます。一度無の状態を通して見ると、その鮮やかさがより一層目に迫ってくるのです。耳で聞く鳥の声や小川のせせらぎの音も、舌で味わう食や酒の美味しさも、より感覚が鋭敏になって、ほんの微かな音や僅かな味わいに感動することができます。有の世界から無の世界を体験して、もう一度有の世界に還ってみると、「ありのまま」の現実をありありと感じることができるのです。それが「返本還源」、本に返り、源に還るという世界です。
<「返本還源」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【入鄽垂手(にってんすいしゅ)】:町に出て人々のために働く
「十牛図」の十番目、「入鄽垂手」の「鄽」は「町」のことで、山の中に対する町、現実の世界です。町に入って「手を垂れる」、人々に救いの手を差し伸べていくという意味です。自分だけが悟りを得て満足するのではなく、坐禅で印を組んでいた手をほどいて、人々のために手を差し伸べるという最終段階が、「入鄽垂手」なのです。世間の中に入っていって、普通に酒屋さんや魚屋さんにも行き、町の人たちと同じように、時にはお酒を酌み交わしながら、自然と応対をしていくうちに、知らず知らずのうちに、周りの人たちに本来の心を気づかせていくという在り方です。実際に自分も多くの人たちと同じような苦しみを味わいながらも、同時に仏の眼を持って見ることができ、何の見返りも報いも求めずに、肩の力が抜けた軽やかさで無心に働きながら、それでいて周りの人たちに安らぎや元気を与えることができるようになる...これが「入鄽垂手」なのです。
<「入鄽垂手」図>「真の自己を尋ねて 十牛図に学ぶ」(横田南嶺 著 到知出版社)より
【出現する未来から導く...「U理論」とは?】
「U理論」は、世界的反響を巻き起こした変革理論であり、日本では2010年に600ページにおよぶ大著として発売されました。今回は、その続編として日本では2015年に発売された「出現する未来から導く〜U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する〜」(C・オットー・シャーマー&カトリン・カウファー 著 由佐美加子&中土井僚 訳 英治出版株式会社 2015年7月25日発行 2,400円+税)を参照させていただきました。こちらも350ページにおよぶ大著ですが、前著よりも具体的な事例が豊富に掲載されており分かりやすいため、こちらを選ばせていただきました。そして「U理論」をもう少し詳しく紹介しますと、マサチューセッツ工科大学スローン校経営学部上級講師であるC・オットー・シャーマー博士によって生み出された、「過去の延長線上ではない変容やイノベーションを個人、ペア(1対1の関係)、チーム、組織、コミュニティ、社会のレベルで起こすための原理と実践の手法を明示した理論」です。この旅がU字型をとることから、「U理論」と呼ばれています。変容の最も深い点(Uの底)に到達するには、まず思考と心と意志を開くことによってUの左側を下り、底にある「針の穴」をくぐり抜け、そしてUの右側を上がって新しい現実を創り出すというものです(図を参照)。約130名の学者、起業家、ビジネスパーソン、発明家、科学者、教育者、芸術家などからなる革新的なリーダーに対してインタビューが行われ、その知見が原型となって「U理論」は生みだされています。その後もシャーマー博士自身や世界中の実践者たちにより、数々の社会変革や組織変革のプロジェクト等で活用され、実践理論としての体系化が図られ続けています。企業での実践事例のみならず、南アフリカのアパルトヘイト問題やコロンビアの内戦、アルゼンチンやグアテマラの再建など、複雑な社会問題を解決する現場でも活用され、多大なる影響を生み出している理論なのです。
「出現する未来から導く〜U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する〜」より