【門前編】「魚ビジネス」から日本酒を考える!<前編> 今回と次回は前後編にわたって、ドラマ「ファーストペンギン!」(2022年10月~日本テレビ系列)の監修者でもある、ながさき一生氏の著書「魚ビジネス」(ながさき一生 著 クロスメディア・パブリッシング 2023年4月21日発行 1580円+税)を取り上げたいと思います。この書籍は、魚に関係するビジネス全般について、食べることが好きな人から専門家まで、楽しく読めるように書かれた書籍です。しかし読めば読むほど、魚ビジネスと日本酒ビジネスはよく似ており、学ぶべき点が多々あることに気づきました。また当然魚は、日本酒にとって最高に相性の良いパートナーでもあります。そこで今回と次回は、「魚ビジネス」の内容などをご紹介しながら、日本酒についても言及していきたいと思います。 【世界のセレブは、なぜ日本に魚を食べに来るのか…そして日本酒も!】 まず著者は、序章に「世界のセレブは、なぜ日本に魚を食べに来るのか」というタイトルをつけています。そして、オバマ大統領も、デビィッド・ベッカムも、レディー・ガガも……世界のセレブをはじめとする外国人は日本の魚が大好きで、日本に魚を食べに来ているのだと指摘するのです。さらに、そもそも世界では、魚の消費が伸び続けているのだといいます。FAO(国際連合食糧農業機関)の「世界・漁業養殖白書2022」では、食用として消費される水産物は、年々増え続けていることが報告されているのだとか。1970年には4000万トン程度だったものが、2020年には過去最高の1億5700万トンに達しており、これは、毎年の人口増加のほぼ倍の割合で増えているのだというのです。そして著者は、このように魚の消費が世界で伸びている理由を一言でいえば、「世界の人々が魚の良さに気づいたから」となるのだといいます。まず、世界的な健康志向の高まりに伴って、長寿大国で知られる日本の食事に注目が集まり、和食を代表する魚がヘルシーな食べ物として注目されるようになったことを挙げています。また、2013年にユネスコの無形文化遺産に「和食~日本人の伝統的な食文化~」が登録されたことで、和食の知名度を押し上げ、和食のタンパク源として使われる魚に、ますます注目が集まるようになったのだというのです。今では、和食レストランも世界各地で見られるようになり、和食を代表する寿司も世界中に伝播しています。しかし、それらは日本人ではない者によって営まれていることも多く、日本とは違ったものが出されていることも多々あるのだといいます。そんな中、日本に行って「本場の魚が食べたい」「本場のSUSHIが食べたい」と思っている外国人は、私たちが想像している以上に多いのだと、著者は語るのです。そしてさらに著者は、世界のセレブにもリスペクトされている日本の魚食は、ワインのように今後世界の教養になっていく可能性もあるのだと語っています。現に、レディー・ガガは美味しい寿司屋を知っていることで、周りから尊敬されているのだとか。魚について知っていることが、日本人としてのアイデンティティとなり、世界のステータスになっていく……そんな未来が近いのかもしれないと著者は語るのです。さて、ここまでの文章の「魚」の部分を「日本酒」に入れ替えても、ほとんどそのまま使えるのではないでしょうか。現に、オバマ大統領も、レディー・ガガも……世界のセレブをはじめとする外国人には、日本酒ファンが多いのです。日本酒の輸出量も伸び続けており、連年のように過去最高を更新しています。そして、このように世界で日本酒の消費が伸びている理由はなぜなのかを一言でいえば、魚と同様に「世界の人々が日本酒の良さに気づいたから」となるでしょう。さらに、世界のセレブにもリスペクトされている日本酒は、ワインのように、今後世界の教養になっていく可能性も、魚食以上にあるといえます。日本酒について知っていることが、日本人としてのアイデンティティとなり、世界のステータスになっていく…そんな未来が近いかもしれないといえるでしょう。
【寿司から学ぶ魚ビジネスの世界…そして日本酒!】 本書の第1章では、今やグローバルな魚食となった寿司を題材として、魚ビジネスの世界の扉を開いています。そして著者は、なぜ寿司は世界に広まったのかについて、まずキッコーマン国際食文化研究センターが2011年に行なった「企画展示地球五大陸をおいしさと健康でむすぶスシロード。」による、寿司が世界に広まった要因を挙げています。これによると、①健康に良いから。②世界中で寿司の食材調達が容易だから。③安価で美味しい寿司米が世界に広まったから。④回転寿司と寿司ロボットの影響。……の4点にまとめられるのだといいます。さらに著者は、これらに加えて、寿司が持つ味の良さはもちろんのこと、その「許容範囲の広さ」が、世界に広まった要因ではないかと考察していると語っています。たとえば、今でこそ当たり前になったサーモンの寿司は、元々の日本には存在せず、グローバルな交流の中で生まれたものなのだとか。日本人が元々食べていた天然の鮭は、寄生虫がいる関係で生食がされておらず、生のネタは握り寿司になっていなかったのだそうです。では、サーモンの寿司はどのように生まれたのかというと、ノルウェーが、自国で養殖されている寄生虫リスクが少なく生食できるサーモンを、日本に売り込む手段として開発されたといわれているのだと著者は語っています。 そして著者は、寿司は歴史の中でも変化を遂げてきましたが、主に魚が使われる「ネタ」+酢飯の「シャリ」で構成されるシンプルな料理であり、決まりが少なく、様々な文化を許容して取り込みやすい形になっているのだといいます。これは、音楽でいうとジャズと似ているのだそう。ジャズも独特のリズムのほかに決まりが少なく、様々な文化を許容して取り込む中で世界中に広まり、進化を続けている音楽であり、元々アメリカ発祥ではありますが、既に一国のものではなくなっているのだというのです。寿司もジャズのように世界中に広まり一国のものではなくなっており、「グローバルに様々な文化が混ざる中で進化を続ける食べ物」という点に、寿司の素晴らしさがあるのではないでしょうかと著者は語るのです。 この後著者は、「寿司の歴史」について紹介し、さらに「シャリはなぜ酢飯なのか」について、詳しく述べています。刺身は「魚」単体ですが、寿司は「魚」+「シャリ」であり、この点が「刺身」と「寿司」の世界観の違いを作り出しているのだと語っています。魚の鮮度は、獲れてから後はドンドン落ちていきますから、すると産地と流通先では少なからず魚の味に差が出るのだというのです。この差は、手の凝った料理になる際にはさほど気になりませんが、素材の味をダイレクトに味わう刺身では、かなり気になる要素となるのだといいます。特に鮮度の良さを楽しむ魚種であれば、刺身は産地で食べた方が絶対に美味しいといえるでしょうと著者は語るのです。一方、寿司の場合は、魚の素材や鮮度も大事になってきますが、シャリもあるため刺身ほどではないのだといいます。すると産地と流通先での鮮度による味の差は、刺身よりは生じてこないのだというのです。つまり寿司は、刺身と比べると、流通先でも魚を美味しく食べられる方法といえるのだと、著者は語っています。そして、時間が経って生じてくる生臭さの成分は、トリメチルアミンというアルカリ性の物質なのだそう。一方でシャリは、酢飯のため酸性であるため、このシャリが生臭さの成分を中和して抑えてくれる役目を果たしてくれるわけで、これがシャリの存在意義でもあるのだというのです。また、獲れてから時間が経って起こることは、鮮度劣化という悪いことだけではなく、時間が経つと魚のタンパク質が分解され、うま味成分に変わっていく「熟成」が起きるのだといいます。つまり、魚は流通先では鮮度が低下し生臭さは増える一方で、熟成が進みうま味は増えるということで、シャリはこの悪い部分を消し去り、良い部分を残してくれるのだというのです。以上をまとめると、寿司とは、産地よりも、むしろ流通先で食べることに適した料理といえるのだと語っています。「刺身は産地で食べるもの、寿司は街で食べるもの」ということもできるでしょうと著者は語るのです。 日本酒も寿司と同様に世界に広まっていますが、日本酒が世界に広まった要因も寿司に似ているといえるでしょう。まず、米と米麹と水で造られており、ヘルシーなイメージがあります。そして原料の米は、近年世界中で栽培されつつあります。さらに、日本酒の香味の良さはもちろんのこと、世界中のあらゆる料理とマッチングできるという、その「許容範囲の広さ」も、世界に広まった要因であると考察できるでしょう。また、日本酒は「米」+「米麹」+「水」で構成されているシンプルな酒ですから、様々な文化を許容して取り込みやすい形になっているといえます。実際、近年は世界中の各国で「◯◯産清酒」(※日本酒という表示は日本産のみ)が造られ始めています。つまり清酒も、ジャズや寿司やワインのように、世界中に広まって一国のものではなくなり、「グローバルに様々な文化が混ざる中で進化を続ける酒」となっていく可能性が、極めて高いといえるのではないでしょうか。そして、日本酒は元々はその地域のみで流通されていた、地域の食文化の一部として地域ならではの食と最も相性が良くなるように進化してきた酒であったのだといえます。それが、地酒ブームなどもあり、全国や海外に進出していったのです。元々の地酒としては、吟醸酒などはほとんど存在しておらず、地元では一般的にはあまり売られてはいませんでした。つまり吟醸酒などの新しい日本酒は、都会向けや海外向けと表現できるのかもしれません。ならば、「刺身は産地で食べるもの、寿司は街で食べるもの」という表現を、少し変えて日本酒に当てはめれば、「普通酒・本醸造酒・純米酒(※あまり米を磨かず新酵母などを使っていないタイプ)は産地で飲むもの、純米酒(※米を磨き、新酵母などを使ったタイプ)・吟醸酒・大吟醸酒は都会で飲むもの」と表現することもできるのではないでしょうか。 【神経締めから学ぶ鮮度保持の世界…そして日本酒!】 本書の第4章では、消費者の間でもよく聞くようになった「神経締め」を主な題材として、著者は鮮度保持の世界について解説しています。魚は獲った後、何もしないでいると暴れて傷んだり、温度が上がって腐敗が進んだりするので、それを防ぐために、魚に何かしら施すことを「締める」というのだといいます。魚を締める行為は、獲れた直後にされることもあれば、出荷された後にされることもあるそうで、どのタイミングでどのように締めたかによって、魚の鮮度の落ち方がまったく変わってくるのだそうです。そして著者は、様々な締め方について紹介しています。①氷締め:魚を氷水に漬けるなどして冷やして締める方法で、別名「野締め」ともいわれるのだそう。冷やすことで魚が動けなくなるわけで、大量の魚を一気に締める際に向いているといわれています。②脳締め:頭を叩いたり刺したりして、急所を絶つことで締める方法。魚が動き回ってストレスを感じる前に締めることで鮮度を保つのだそう。氷締めでは締めきれない場合もあり、こちらの方がより確実ではありますが、その逆に大量の魚に施すのは難しい締め方なのだそうです。③血抜き:エラや血管を切り、魚の血を抜く締め方。魚の血は、臭みや腐敗の元となるため、抜くことで鮮度を保つのだそう。鮮度を効果的に保てることが多いですが、手間がかかり、大量の魚を扱う際には向いていないのだそうです。④神経締め:魚の神経を抜く締め方。魚の神経は、頭から尻尾にかけての背骨付近にそって管状のものが走っており、その神経をワイヤーや特殊な水鉄砲、空気砲といった道具を使って除去するのだそう。神経を抜くと体内の細胞に「死んだ」という情報が伝わらず、死後硬直さえも抑えて鮮度を保つため、劇的に鮮度を保てることが多いですが、手間がかかり、大量の魚を扱う際には向いていないのだそうです。 そして、これらの何がベストなのかは、魚種や漁法、魚の用途によっても様々で、組み合わされる場合もあるのだといいます。また、魚は締めることによって、後々うま味成分を増やすことにもつながるのだというのです。魚の体内にはATP(アデノシン三リン酸)という物質があり、魚の死後にうま味成分であるイノシン酸に変わっていくのだそうです。このATPは筋肉を動かすエネルギーになる物質でもあるので、魚が暴れると大量に消費されてしまいますが、魚を締めることでそれを防ぎ、体内にATPを多く留めることで、うま味を増やすことにつなげられるのだというのです。また、神経締めの場合は、ATPの減少を防ぐさらなる効果があるのだといいます。神経締め以外の締め方だと、「死んだ」という情報が神経を通して全身に伝わり、魚体の死後硬直が始まり、この際にも筋肉が収縮するため、ATPは消費されるのだそうです。しかし、神経締めをして神経を取ってしまえば、それは起きないのだとか。死後硬直をさせずに、ATPを体内に多く留め、うま味を増やさせるのが神経締めなのだと著者は語るのです。 そして著者は、そもそも鮮度とは何かについて、詳しく語っています。これは魚の場合は、獲れた直後を一番新しいとし、獲れてから時間が経っていないものを新鮮と表現すれば良いと思えるため、一見分かりやすく感じられますが、しかし魚は、漁獲後にどのように扱われたかによって、その後の品質が変わるのだといいます。雑に扱われた魚と丁寧に扱われた魚では、獲れてからの日数が同じであっても品質には差が生まれてくるのだというのです。そこで著者は、鮮度の客観的な指標として、斎藤恒行氏らによって1959年に発表された論文の中に書かれている「K値」を紹介しています。魚の鮮度を測ろうとした場合、そのアプローチ方法は物理学的、細菌学的など様々に考えられますが、斎藤氏らはまったく違うアプローチを試みたのだとか。それは、魚の筋肉中にあるATPに着目する方法なのだといいます。ATPは、魚の死後時間が経つにつれて、うま味成分のイノシン酸へと変わっていき、そしてイノシン酸の後は、イノシン、ヒポキサンチンという物質に変わり、うま味が失われ、苦味が増えるのだそう。つまり、時間が経つと進むATPの変化は、イノシン酸までは味にとって有用ですが、それ以降は味にとって不都合なものになるのだというのです。斎藤氏らはこの変化に着目し、「ATPから変化するヒポキサンチンまでの物質の総量のうち、味にとって不都合なイノシンとヒポキサンチンの割合」を「K値」として定めたのだといいます。「K値」は、小さいほど鮮度が良く、大きいほど鮮度が悪いことになるのだそうです。また「K値」は、魚の鮮度を測るのはもちろん、魚種ごとに違う鮮度劣化の早さの違いも示してくれているのだとか。ある実験で、タラとタイを氷につけて保管したところ、タラの場合は3日で「K値」が60%を超え、タイの場合は4日後も5%前後を保っていたのだそう。タラは悪くなりやすく、タイは悪くなりにくいということは経験的に知られていたそうですが、それを客観的な数値で示してくれたのだというのです。 続いて著者は、生と冷凍はどちらが良いのかについても、詳しく語っています。著者が東京海洋大学の学生だった頃に受けた授業、鈴木徹先生の「冷凍学」にて、「冷凍とは、時を止める技術である」と語られた話が、脳裏に焼き付いているのだそうです。さらには、超低温で急速冷凍することで、「アモルファス」という状態で固体になり、結晶化せず本当に時が止まったような状態で保存できることを学んだのだといいます。そして著者は、生魚と冷凍魚ではどちらが鮮度が良いかは、ケースバイケースなのだと語るのです。まずは、冷凍魚が「どの時点で冷凍されたか」によって変わってくるのだといいます。獲れた直後に船の上で凍結される場合もあれば、水揚げ後にしばらくしてから凍結される場合もあり、また凍結した後に解けてしまい、再度凍結することもあるのだとか。また、「どのような条件で凍結保管されたか」によっても変わってくるのだといいます。たとえば、マイナス20℃程の家庭用の冷凍庫と、マイナス50℃程の業務用冷凍庫ではまったく状況が違うのだそうです。冷凍の魚や肉が解けると出てくるドリップは、結晶化によって細胞が壊れることに加えて、筋肉タンパク質が変性して保水性を失って出てきた細胞液なのだとか。ドリップの出た魚や肉は、筋肉タンパク質が変性しているため、味や食感が悪くなるのだそうです。一方で、より低温で保管するほどタンパク質が変化しないのだとか。「アモルファス」はその究極で、結晶化をしないで固体になる現象のことをいうのだといいます。超低温で凍結保管した場合は、結晶化によって細胞が壊れることも少なく、タンパク質変性も進まず「時が止まる」ため、ドリップも出なければ味や食感も損なわれないのだというのです。では生魚、つまり冷蔵の場合はどうかというと、温度や条件によってその速さは変わりますが、時間が経つにつれて状態が変わっていくのだといいます。ただし、冷蔵の場合は、結晶化によって細胞が壊されることはないのだそうです。つまり、生魚と冷凍魚のどちらが鮮度が良いかの答えを事例で挙げるなら、獲れてからすぐに冷蔵された生のマグロであっても、早く食べなければ、獲れてからすぐに急速凍結されたマグロの鮮度にはかなわないということになる、ということなのです。 さらに著者は、様々な冷凍方法についてや、日本の魚の鮮度は世界一といえるのではないかというトピック等について語っています。そして、「しかし、鮮度はすべてではない」とも語るのです。まず分かりやすい例として、漁師をしていた著者の父親が、繰り返し語っていたブリについての話を紹介しています。「魚は鮮度が良い方が美味しいといわれるが、ブリは置いた方が美味しくなる。ただ、置く前のコリコリしたブリが好きだという人もいる。結局、何がいいかは人によるんだわ」という内容です。また、地域的な嗜好の差で、東日本はうま味や脂を好み、西日本は歯ごたえと甘みを好むという傾向もあり、この傾向に当てはめるなら、置いたブリは東日本では好まれるが、西日本では好まれないとなるのだといいます。鮮度が落ちてくると、進んでくるのは「熟成」で、近年では特に関東圏を中心に「熟成魚」が注目されており、鮮度バリバリの魚とは対照的なのだそう。鮮度なのか、熟成なのか、はたまた間のちょうど良いところなのか、それは食べる人の好みであったり、提供側の狙いであったりで、何が良いのかは変わってくるのだといいます。また、どのくらいの鮮度が多くの人に好まれるのかは、魚介類の種類によっても変わってくるのだそうです。貝類やウニ、カニなどは新鮮なほど好まれる傾向にあり、深いところにいるタラ類なども新鮮な方が好まれやすいのだといいます。一方で、ブリやマグロは置いておくことでうま味が増え脂も感じやすくなるそうで、マダイやヒラメといった浅瀬の白身魚も置くことでうま味が増して、多くの人に好まれやすい味になるのだというのです。そして著者は、鮮度は魚の味を決めるにあたって重要な要素ではありますがすべてではない、求めるもの、目指すものにたどり着くための指標の1つに過ぎない、ということを念頭に置いておくべきだと語るのです。 この章の、魚の鮮度保持のトピックも、日本酒の世界と大変良く似ているといえます。まず魚を締めるというのは、日本酒の世界でいえば、「火入れ」(低温での加熱殺菌)に当たるといえるでしょう。さらに魚の締め方にも様々な種類があるように、日本酒の火入れにも、「プレートヒーター」「パストライザー」「瓶燗火入れ」等、様々な火入れ方法があります。また、何がベストな火入れ方法なのかは、日本酒の酒質タイプや用途(たとえば主に燗で飲まれるどうか等)によって違うといえる点も同様であるといえるでしょう。そして、鮮度とは何かについても、日本酒はやはり魚と同様であり、酒蔵から出荷された後にどのように扱われたかによって、その後の品質は変わるのだといえます。たとえ同じ商品で、同じ日に瓶詰めされ同じ日に出荷された日本酒であっても、配送途中のトラックで直射日光を浴びたものとそうでないもの、酒販店内の蛍光灯の真下に裸瓶のまま陳列されたものと薄暗い冷蔵庫内に保管されたものでは、その品質には大きな差が生まれるということなのです。ちなみに日本酒を家庭用の冷凍庫(マイナス20℃程度)に保管すると、大抵は凍りますが、これは瓶が割れたりする危険性がありますし、水の部分から先に凍り、アルコールの部分が後から凍って水分子とアルコール分子が分離してしまうため、解凍後に振って混ぜたとしても味わいにまとまりがなくなってしまうことが少なくないようですので、避けた方が無難でしょう。日本酒を鮮度維持のために保管するなら、凍らないマイナス5℃程度がお薦めであるといえるでしょう。 さらに、「鮮度はすべてではない」という言葉も、日本酒にそのまま当てはまるといえます。近年は、日本酒の搾ったままのフルーティな香りや搾りたてのフレッシュ感が好まれるため、日本酒は鮮度が良い方が美味しいと思われがちです。しかし、かつては搾ったばかりの日本酒はあまり好まれず、逆にしっかり熟成させてまろやかに落ち着いた日本酒が好まれていた時代もありました。私が日本酒業界に入ったばかりの平成の最初の頃は、当時の古老たちから「日本酒を早く金に換えようとするな!きちんと熟成させてから出荷しろ!」と厳しく言われたものです。まだこの頃は、搾ったばかりの新酒はフレッシュではありますが、若すぎる荒々しさがあり、それが嫌われていたのです。しっかり熟成させて、荒々しさが消え、まろやかに熟成した味わいが好まれていたということです。江戸時代には、春先に搾られた新酒を火入れして酒蔵の中で貯蔵し、夏を越えて秋風が吹くあたりまで熟成させ、外気温と蔵内の酒の温度が同じくらいになる頃、その酒を冷やのままでおろしてきて、そのまま火入れせずに出荷するという「ひやおろし」が、日本酒の中では最上の美味しい酒であるとも言われていたのです。つまり、何が美味しいと言われるかは、時代や好みによって変わるということです。そうすると、今後も、日本酒は鮮度が良い方が美味しいと言われ続けるかどうかは分からないということです。実際、いっとき大流行した「無濾過生原酒」は、最近はあまり話題にならなくなっていますし、熟成感のある日本酒や、さらには5年や10年ほど長期熟成させた日本酒なども、注目されはじめています。要するに、魚の鮮度と同様、日本酒にとっての鮮度も、味を決めるにあたって重要な要素ではありますがすべてではない、求めるもの、目指すものにたどり着くための指標の1つに過ぎない、ということを念頭に置いておくべきであるといえるでしょう。