【門前編】付加価値を上げファンを増やす、日本酒の「価値創造」とは? First part of the gate 今回は、令和6年3月29日(金)に新宿の京王プラザホテルにて開催された、「2024年日本名門酒会メーカー会議」における、「オラクルひと・しくみ研究所」代表である小阪裕司先生(https://kosakayuji.com/)の特別講演の内容をご紹介させていただきます。ちなみに日本名門酒会(http://www.meimonshu.jp/)とは、昭和50年に誕生し、全国約80社の蔵元が丹精こめて造った良質の日本酒を、全国約2,000店の酒販店を通して流通させてきた地酒の流通組織です。そして小阪裕司先生は、私のマーケティングの師匠であり、先生が主宰される「ワクワク系マーケティング実践会」には、個人商店から上場企業まで約1,500社が参加され、全国各地の商売の現場で長年に渡って実践された数多くの事例があり、しかも皆さんが成果を出し続けています。また先生は、2011年に情報学の博士号も取得され、日本感性工学会理事にも就任され、九州大学や静岡大学の客員教授にも就任されて、さらに経済産業省の認定を受けた事業も進められています。つまり、これから紹介する内容は「科学」であり、それは科学である以上再現性がある、誰がやっても同じ結果が出せるということを意味しているのです。 【なぜ今、「付加価値が上がり、ファンが増えていく取り組み」が必要か?】 さて、今回の小阪裕司先生の特別講演のタイトルは、「顧客消滅・価格上昇時代のマーケティング~付加価値が上がりファンが増えていく、価値創造の取り組みとは~」でした。つまり、今回のテーマは「価値創造」一本ですと、小阪先生は語るのです。それはつまり、「この激変の時代に商売を幸せに安定して続けられる方法」ということです、と。「幸せな安定」とは、科学的概念でいえば「動的安定」ということになり、経営の安定とは「動的」でなければ、動かなければ得られないのだと先生は語っています。そして、「本日のテーマ」は、「顧客消滅・価格上昇の時代に、幸せに安定して商売を続けるためには何に取り組まなければならないか」であり、「本日のトピック」は、①なぜ今、「付加価値が上がり、ファンが増えていく取り組み」が必要か、②「価値創造」を実現している会社がやっていることとは、③「価値創造」を実現できる会社になるために大切な2つのこととは、の3つですと語るのです。 まず①なぜ今、「付加価値が上がり、ファンが増えていく取り組み」が必要か、についてです。コロナ禍において小阪先生は、「『顧客消滅』時代のマーケティング~ファンから始まる『売れるしくみ』の作り方~」(小阪裕司 著 PHP研究所2021年2月26日発行 870円+税)と、「『価格上昇』時代のマーケティング~なぜ、あの会社は値上げをしても売れ続けるのか~」(小阪裕司 著 PHP研究所 2022年8月25日発行 930円+税)という2冊の新書本を出されています。これは実は、「コロナにどう対処していくか」というものではなく、「未来にどう対処していくか」という内容なのだといいます。コロナ禍において起こった流れについては、コロナ禍だから起こった現象ではなく、未来の前倒しが起こったのだと捉えるべきだというのです。つまり、コロナ禍がなかったとしても、未来において起こる現象が前倒しで起こったということであり、この流れはもはや元には戻らないのだといいます。この流れとは、人口減少、顧客消滅であり、これらはますます加速していくということで、ならば自社の顧客を固めるしかない、何となくではなく、しっかりとファンを創って維持していくしかないということなるわけです。価格上昇についても、今だけのことではなく、終わりなどないと思っておかなければならないのだといいます。これらをひっくるめて言うならば、それは「消費者の選別消費が加速する」ということなのだと。「これからの時代はどんな市場がいいのか」というような話ではなく、あなたが何を売っていたとしても選ばれること、消費者の時間とお金が使われる側になることしかない・・・・・・すなわち「付加価値が上がり、ファンが増えていく取り組み」をするしかない、「価値創造」をするしかないのだと小阪先生は語るのです。 【「価値創造」を実現している個人・会社がやっていること!】 続いては②「価値創造」を実現している会社がやっていることとは、についてです。ここで「価値創造」している会社がやっている事例を、小阪先生は次々に紹介しています。まずは、冬になると雪の中に閉ざされるような、商圏人口800人の過疎地で48坪のチェーン店の食品スーパーを経営されている鈴木さんの事例です。彼の店は売上が減り続けており、遂に店の廃業を決意して他のことをやろうということで、2009年に小阪先生が主宰されている実践会に入会されたのだといいます。そんな鈴木さんが、「価値創造」型の店づくりに目覚め、コツコツと小さな実践を積み重ねていき、入会して3年後の2012年には売上をV字回復させ、そこからは毎年過去最高売上を更新し続けているというのです。さらに、第33回優良経営食料品小売店等表彰事業において、「農林水産大臣賞」(最優秀賞)も受賞したのだとか。審査員長の小山周三先生は、「こういうやり方と道があるのか!と驚きと感動を覚えた」と語ったのだといいます。鈴木さんがコツコツとやってきた「価値創造」型の店づくりとは、たとえばこういうことなのだと。普通に売っている中国産のキクラゲと、ちょっとお高いけれど美味しい国産のキクラゲがあった場合、ただ価格表示をつけただけならば、誰もが安い中国産のキクラゲしか買わないのだといいます。それはなぜかといえば、値段の違いしか顧客には伝わらないからで、つまり国産キクラゲの「価値」が伝わっていないからなのだというのです。ですから鈴木さんは、国産キクラゲの「価値」を伝えるために、次のような独自のPOPを付けるのだといいます。 「これが日本のきくらげです きくらげといえば中国産と思っているあなた!日本のきくらげを一度食べてみて下さい!プリプリ、コリコリの食感に感動しますよ♪水で戻すと普通は約7倍の大きさになりますが、これはなんと14倍の大きさになります!さすが国産、素晴らしい!プリプリ食感の国産キクラゲ(乾燥)20g550円」 こんな感じの店主の手書きのPOPが、店内のほとんどの商品に付けられており、顧客はメチャクチャ楽しくなり、ついつい毎日来てしまうのだといいます。そして小阪先生は、最近の鈴木さんの言葉を紹介されるのです。「いつもお客様のことを思っているので、どうしてほしいのか?がわかります。なので、何をどのように売れば(伝えれば)喜んでもらえるかわかります。喜んでいただければ売上げは上がるので、『どうすれば売上げを上げられるか?』という悩みはなくなりました。喜んでいただく売り方をするのは手間がかかりますが、それをサボらずにやると絶対に売上げにつながります。」・・・・・・鈴木さんのやっていることは、「価値創造」型の店づくりをやっているという、この一点だといいます。私たちにとって「売る」とは、「価値を伝える」と同義語なのだと、小阪先生は語るのです。さらに小阪先生は、鈴木さんの目下の悩みは、商品を仕入れているメーカーや問屋さんから、欲しい情報が降りてこないことだといいます。48坪の食品スーパーとはいえ、取り扱い商品は1,500アイテムはあり、鈴木さんはそれらの一点一点の商品を、自身でジックリ取材して、POPを作っているのだというのです。 お次はサービス業の事例として、ある東京のジビエ料理店を、小阪先生は紹介しています。こちらのお店では、2016年には5,018円だった客単価が2023年には11,068円になった、つまり客単価が2.2倍にアップしたのだといいます。こちらでは、人気メニューの「ぼたん鍋」を当初は2,800円で提供していましたが、店主が本当にやりたいと思っていたレベルの「ぼたん鍋」の食材は、この価格では仕入れられなかったのだそうです。それが「価値創造」を学んだ店主が、理想的な食材と出会って、思いきって値上げしたのだといいます。その「ぼたん鍋」は、4,680円になったのですが、以下のような解説がメニューに書かれているのだというのです。 「みかんをたらふく食べてフルーティー。みかん畑で駆除された『みかん猪のぼたん鍋』僕たちプロの間では前から果樹を食べてた動物は美味い!と話題になっています。今回入荷したのは広島県生口島、レモンで有名な瀬戸田のみかん猪です。みかん畑の頑丈な柵を乗り越え侵入している猪は農家さんにとって深刻な問題です。今回は鉄砲で駆除されました。みかんを食べすぎて皮まで黄色、脂もうっすら黄色がかっています。さっぱりとした甘い脂。極上品『みかん猪のぼたん鍋』、間違いなく御馳走です。4,680円」 ちなみに、これくらい客単価が高い店になってしまうと、お金持ちの顧客しか来れないのではないかと思うかもしれませんが、それは違うと小阪先生は語ります。ある日、こちらの店に愛媛から来た学生さんが来店され、たらふく食べていったのだといいます。お金持ち学生かと思っていたら、その学生さんはホテルではなく、ネットカフェに泊まっていたのだそうです。つまり、今の顧客は、「ここだけにはお金を使いたい」と思うようなところだけに、つまり自分にとって価値あるものだけにお金を注ぎ込んで、その代わり、他の出費については思いっきり切り詰めるのだといいます。 そこで、小阪先生は語るのです。「価値創造で売る」とは、「価値を教える」こととイコールであり、「価値を教える」ことで「価値が伝わる」のだと。そして、「価値が伝わる」ことで、顧客は価格に納得し、単価が上がるのだというのです。ですから小阪先生は、「値上げ」とは、値段を上げることではないのだといいます。「『値上げ』とは、『価値』を見直して、正当な価格を付け直すこと」なのだというのです。さらに小阪先生は、「消費者心理・行動の絶対法則」として、「『価格』は『価値』に従う」のだといいます。つまり、「価値」が伝われば、その人にとっての「価値」が上がるので、その人にとっての妥当な「価格」も上がるのだと。要するに、「価値」あるものは、「価格」は上げられるということで、そのカギになるのは「情報」なのだというのです。この情報(メッセージ、POP、メニュー等)を創ることを、専門用語では「情報デザイン」というのだそうです。そして小阪先生は、日本酒業界の皆さんも、もっと情報の扱いを上手になっていただきたい、「情報デザイン」をうまく活用していただきたいと語るのです。無類の日本酒好きだと断言する小阪先生であっても、唎酒師やソムリエではないのですから、香りと味だけでは、ハッキリ言って飲んだところで分からないのだと。なので、情報と一緒に飲ませていただきたいと切実に訴えるのです。実は「味」であっても、舌ではなく脳で理解するものなのですから、情報が加われば間違いなくさらに美味しくなるのだといいます。このように情報と一緒に売る、つまり価値創造で売れば、顧客に「価値」を教えることになり、そうすると顧客は育ち、成長するのだと小阪先生は断言されるのです。さらに顧客が育ち、成長していけば、ほぼ全カテゴリーで一番高いものが売れるようになるのだといいます。さらに、ここで小阪先生は、某有名大手食品メーカーにて実施した、価値創造研修の総括として提示された、「"繁盛店"モデルを考察する」と題した「『繁盛店』と『成長する顧客』モデル」という図(「図A」参照)を、そのメーカーの了承を得たうえで、紹介されるのです。この「『成長』の基本モデル」と「成長する顧客」の図解は本当に分かりやすく、私も大納得でした。そして、この総括を得た某メーカーは、この内容をサプライチェーン全体が一丸となって実践しなければならないという結論に達したのだというのです。 <「繁盛店」と「成長する顧客」モデル> ・・・売場、店は「顧客」にとって"買物を愉しむ"「場」。 ・・・「商品」はエネルギー(成長、持続性)。「POP(情報)」は加速器(伝達、増強)。 ・・・「場」×「商品」×「POP(情報)」で「顧客」が成長する。成長とは、平面的「場」から「立体化」。Z軸方向に顧客が拡大する。この現象を「成長する顧客」と捉える。 <図A> 続いて小阪先生は、日本酒蔵元にとってとても大事なことは、長年に渡って自社の銘柄を飲み続けてくれる人を、いったい何人つくれるかということでしょうと語っています。この考え方をLTV(ライフタイムバリュー)といいます。日本語に訳せば「顧客生涯価値」で、つまり、顧客から生涯に渡って得られる利益のこと。1回の取引で得られる利益だけではなく、2回目以降の取引で得られる利益も含めて考えるということです。ある顧客が自社の利用を開始してから終了するまでの期間に、自社がその顧客からどれだけの利益を得ることができるかを表す指標であり、顧客一人一人の、年間購入金額×年数で表されるのだといいます。つまり、価値創造で売る=価値を教えれば、顧客は育ち、成長する→LTVが増える・・・・・・ということになります。ここまでをまとめると、価値創造ができるようになれば、価値あるものが売れるようになり、正当な価格で売れるようになり、すると値上げができて(高い価格が受け入れられる)、さらに顧客が成長して、LTVが増えるということになるわけです。そして、これが「幸せな安定」につながっていくのだといいます。例の過疎地の食品スーパーの鈴木さんは、かつては休みもないほど働いて、それでも利益はほとんど出なかったのに、いまや週休2日で、過去最高の売上を毎年更新し続けているというのですから、まさに「幸せな安定」状態といえるでしょう。そのかわり、POP等の愉しい売場の準備のために、その週休2日の1日を充てているのだとか。このような「売場の準備」等を、「余裕がないからできない!」という商人の方がいますが、それは本末転倒で、その準備をしないから、売上も上がらないし、余裕もなくなるのだと小阪先生は語るのです。 【「価値創造」を実現できるようになるために大切な2つのこと!】 最後に③の、「価値創造」を実現できる会社になるために大切な2つのこととは、です。これはつまり、人材育成の話なのだといいます。ちなみに小阪先生の会社は、コンサルタント業ではなく、もともと学習支援業であり、つまり学習塾などと一緒ということですから、この部分は得意とするところなのだと。どうやったら人材が育つかには、ポイントがあるのだというのです。まず、個人が「知るインプット」をすることからスタートし、それを「自分でもやってみる」ことで、少しは「できる・わかるようになってくる」、これをさらに「知るインプット」に回して、グルグルとこの一連のサイクルを回していくのだといいます。そうすると、「自分でもやってみる」のところで、脳の中で「振り返り」が起こり、さらに「外化(がいか=書く、話す等のアウトプットのこと)」されると、それが「フィードバック」されて、「自分でもやってみる」のレベルが上がっていくのだというのです(図B参照)。ちなみに、たとえ結果が出なかったとしても、レベルは上がるのだといいます。この時に、脳の中では、網の目のように張り巡らされている神経細胞のニューロンが、伸びていったり新しくできたりして、別のニューロンとくっついたりして、これまで無かった回路ができることになるのだと。振り返りがニューロンの連鎖をつくるのだというのです。そして、こんな回路がたくさんできて繋がりが増えれば増えるほど、より「できる・わかるようになってくる」になり、「できる人」になっていくのだといいます。ちなみに、慣れないことに脳を使うと物凄くシンドイため、2週目くらいまでで止めたくなりますが、そこを越えれば比較的楽にできるようになるのだとか。これが、人が「成長するサイクル」なのだと小阪先生は語るのです。 <図B> そして、この「成長するサイクル」の「知るインプット」の部分には、「考え方やり方」や「生きた情報」や「他の現場の成功例」が必要ですから、「やっている人やれている人の中でやる」というのが、最高の「成長するサイクル」に乗れる環境ということになるのだといいます。さらに、「理論・手法がある」、「見習える人・現場がある」、「真似られる事例・アイデアがある」という環境があれば「集団的知性」に乗れるようになりますから、これが「集団の知恵」に乗れる環境なのだというのです。この「成長するサイクル」に乗れる環境と、「集団の知恵」に乗れる環境が揃えば、この2つが掛け算になり、「価値創造」を実現できる会社になっていくスピードが加速していくのだといいます。すなわち、「価値創造」を実現できる会社になるために大切な2つのこととは、「成長するサイクル」に乗れる環境と、「集団の知恵」に乗れる環境をつくることなのだと小阪先生は語るのです(図C参照)。そして小阪先生は、実践会の会員さんたちを思い返せば、入会時点では球根みたいな人だらけで、身動きがとれない人がほとんどだったのだといいます。そんな人たちも、良い環境さえ与えてあげれば、つまりこの大切な2つの環境を与えてあげれば、球根が芽を出し成長して、必ず花を咲かせるのだと、小阪先生は花畑の画像をバックに特別講演を締め括られるのです。 <図C> 【門前編】付加価値を上げファンを増やす、日本酒の「価値創造」とは?(PDF形式:265KB)