【門前編】「共鳴価値」「集団的知性」による価値創造と日本名門酒会!<前編> 今回は、令和6年9月3日(火)に開催された、「モノづくり日本会議」(https://www.chomonodzukuri.jp/)主催の「『共鳴価値』『集団的知性』による価値創造~サプライチェーン全体でいかに価値創造・市場創造を成し遂げるか~」セミナーについて、ご紹介させていただきましょう。このセミナーは、小阪裕司先生(https://kosakayuji.com/)から依頼を受けたもので、日本名門酒会(https://www.meimonshu.jp/)本部・株式会社岡永さんの飯田社長さん(卸)と、メーカーの私(製)と、日本名門酒会加盟酒販店である(株)朝日山千葉悦三商店さんの千葉社長さん(販)と、小阪先生と4人で講演を担当させていただきました。まず今回は、その「前編」をお届けしたいと思います。 【「共鳴価値」とは?】 まずは小阪先生から本日のテーマとプログラムについての説明があり、「『共鳴価値』『集団的知性』で築く価値創造型のサプライチェーンとは」というタイトルで、30分ほどの基調講演がありました。そして最初に、小阪先生と、先生が主宰されている「ワクワク系マーケティング実践会」の活動全体についてが紹介されます。小阪先生の活動は、「感性科学マーケティング」と呼ばれ、そこには「実践」と「科学」が不可欠だと、小阪先生は語るのです。「実践」の部分については、2000年から主宰されている「ワクワク系マーケティング実践会」に常時1,500社の企業会員がおり、さらに2017年からは経産省の認定を受けて地域金融等と連携した活動も展開しているのだといいます。そして、彼らがビジネスの現場で実践された実例が現在2万件ほどデータとして蓄積されており、月に約150~200件ほど増加しているのだとか。科学による裏付けについては、小阪先生は情報学博士で、主な専門分野は「人の心と行動の科学」、「社会システム科学」、「システムダイナミクス」、「シミュレーション」であり、九州大学招聘講師、政策研究大学院大学講師、日本感性工学会理事、経営情報学会正会員等を務められているのだそうです。そして、これらの知見を、「『顧客消滅』時代のマーケティング~ファンから始まる『売れるしくみ』の作り方~」(小阪裕司著PHP研究所2021年2月26日発行870円+税)、「『価格上昇』時代のマーケティング~なぜ、あの会社は値上げをしても売れ続けるのか~」(小阪裕司著PHP研究所2022年8月25日発行930円+税)という2冊の新書本として近年出版されているのだといいます。さらに、令和6年10月17日には「顧客の『数』だけ、見ればいい」(PHP研究所)という書籍が出版されるとのことでした。
続いて小阪先生は、「共鳴価値」という概念について、以下のとおり詳しく紹介されています。
<共鳴価値とは>
●顧客と、企業やお店、ブランドや商品・サービスとの間に生まれる感情的な共感。
●往々にして、驚きや感心、感動を伴って受け入れられる価値。
●それまで意識していなかったものの、そこに共鳴できる価値観を感じられたとき、共鳴価値が生まれる。
たとえば、お店のメニューに「熊鍋9,900円」と書いてあったとしても、それだけでは何の共鳴価値も生まれません。ところが、次のように書いてあればどうでしょうか、と小阪先生は問いかけます。
<これが最高の熊鍋です!飛騨の伝説の熊撃ちが仕留めた月の輪熊入荷しました。> 「究極の月鍋」 飛騨の伝説の熊撃ちIさんは70歳過ぎでありながら200メートル先の的のど真ん中を撃ち抜く凄腕猟師。彼独自の門外不出の熟成技術で2週間じっくりつるしてから入荷しております。知り合いのシェフは「彼の熊で作ったスープは味が他とはまるで違う」と言います。他の料理人との奪い合いを制して入荷しております。是非この機会にお召し上がりください。 9,900円 それまでは「熊鍋」と聞いただけでは、何とも思わなかった人であっても、この文章を読んだ途端、突然興味が湧いてくるでしょうし、共鳴できる価値が感じられるようになるのだといいます。さらに続けて、小阪先生は唐突に「モビールって知ってますか?」と投げかけます。そして、天井から吊るして風でユラユラ揺れる、あのモビールに興味があるという人は少ないかもしれませんが、次の文章を読んだ後に、皆さんはどう感じられるでしょうかと問いかけるのです。
●人には、動いているものを目で追う「追視」という習性がある。モビールのようにゆっくり動くものを追視する運動は「追従性眼球運動」と呼ばれ、眼球の筋肉を動かすことになり、目の周りや脳の血流がよくなることがわかっている。
●スマホに代表されるように、近くを見ることが多い現代の生活では、少し遠くの動くものを眺めることで、目の筋肉もほぐれ、リフレッシュすることもできる。
●わずかな風で動くモビールは、目には見えない風や重力を感じさせてくれる。不規則な動きと相まって、自律神経系を安静モードにし、リラックスさせる効果があることも、わかっている。
私も「モビール??それが何か?」という感じで、興味など皆無だったのですが、この文章を読んだ途端に、急に興味が湧き出してきました。たとえばドラッグストアやメガネ屋さんなどで、この文章を付けてモビールを置いたら売れそうな気がしますし、もっと言えば酒屋さんでも、この文章を付けてモビールを販売し、「モビールの眺め飲みで超リラックス!」というような提案も可能だということなのです。つまり、顧客が「共鳴価値」を感じてくれさえすれば、それは「売上」に繋げられ、さらに顧客は「◯◯好き」になっていくということで、これが「顧客を生む」ということなのだというのです。 【「集団的知性」とは?】 そして、流通の世界では川上から川下へ、つまり「メーカー→卸→小売→顧客」という、サプライチェーンのモノの流れがあって、確かに「モノの流れ」はそのとおりかもしれませんが、「価値の創造」や「価値の流れ」については、サプライチェーン全域で「共鳴価値」が生み出されるように取り組まなければならないのだと、小阪先生は強く訴えます。それはつまり、お取引先と値引き交渉等の綱引きをやっている場合などではなくて、「サプライチェーンを価値創造型のエコシステムに!」ということなのだというのです。その図は、「川上から川下へ」みたいな一方通行の流れ(図1)ではなく、メーカーも卸も小売もサプライチェーン全体で顧客を囲んで価値を伝えるという、そんな図(図2)になるのだといいます。これはまさに、日本名門酒会の発足当時から語られてきた「ペンタゴン」の図(後述)に、瓜二つであるといえるでしょう!そして、そんな中で生まれてくるものが「集団的知性」なのだと語り、小阪先生は「集団的知性」について解説するのです。 <図1>
<図2> <「集団的知性」とは>
●他人と関わり、彼らから学び、お互いにアイデアを共有して検討することで生み出される、集団の知性。
●集団的知性は、個々の構成員が持つ知性とはほとんど関係ない。あるグループに集団的知性が生まれれば、それはメンバー個々の知性を上回り、孤立して行動している場合よりも優れた意思決定を行えるようになる。
●特に、皆から多様なアイデアを引き出し、共有を促す交流のパターン、アイデアを精査してふるい分け、合意を形成するプロセスがその中核となる。
(マサチューセッツ工科大学教授/スタンフォード大学フェローアレックス・ペントランド)
ただ集まっただけでは「集団的知性」は生まれないということで、そこにみんなから引き出された多様な「アイデア≒事例」が集まり、共有を促す交流を実施し、「アイデア≒事例」を精査したりふるい分けたりしながら、みんなの合意の上で実践に使っていくということの繰り返しによって生まれるということなのです。そして、これにより「集団的知性」が生まれれば、少し極端に言えば、組織の中に天才や秀才が1人もいない凡人の集まりであったとしても、天才カリスマ経営者が率いるワンマン企業に勝つことができるということになるのです。 そんな「集団的知性」が生まれるには、①無意識の社会的学習、②周囲の模範的行動の模倣、③個人的考察と実践、という3つが必要なのだといいます。この3つを、もう少し簡単な言葉に言い換えれば、①無意識に周りから吸収する、②うまくやれている人をまねる、③自分でも考えてやってみる、という3つになるのだというのです。小阪先生いわく、「肥満も伝染する」といわれるほど、人というのは無意識に周りの影響を受ける存在なのですから、「集団的知性」が生まれれば、皮膚呼吸みたいに無意識に学べる環境が生まれ得るのだと語るのです。 また、まったく異なる業界や業種等の事例であっても、「抽象度を上げる」ことで「まねぶ」(≒学ぶ)ことができるのだといいます。さらに、「まねる」×「周りの影響」のスゴいパワーについて、小阪先生は語るのです。 <「まねる」×「周りの影響」>
●複雑な環境における学習を数学的モデルで確認したところ、最善の学習戦略は、エネルギーの90%を探求行為(うまく行動していると思われる人を見つけてそれを真似する)に割くことだった。
●(周りに接することで受ける無意識の影響)その力の大きさは、遺伝子が行動に及ぼす影響や、IQが学業成績に及ぼす影響に等しい。
(マサチューセッツ工科大学教授/スタンフォード大学フェローアレックス・ペントランド)
このトピックのインパクトは、私にとっては本当に衝撃的でした。つまり、自分が仕事で使っているエネルギーの90%を、①無意識に周りから吸収する、②うまくやれている人をまねる、③自分でも考えてやってみる、という3つに充てることで、天才の遺伝子や天才のIQに等しいほどの、最善の結果を生み出すことができるという意味なのですから!もはやビジネスでやるべきことの9割は、これなのだと言っても過言ではないでしょう。小阪先生は、これをあらゆる業界でやってほしいのだといいます。そして、これから語る3人(飯田社長、私・竹村、千葉社長)のお話を、決してハウツーとして捉えないで、この小阪先生の基調講演を軸にして、しっかり聴いていただきたいと語り、締め括られるのです。小阪先生、本当に背筋が凛とのびるような大変学びになる基調講演を、ありがとうございました! 【「日本名門酒会」発足と日本酒の啓蒙活動】 続いては、日本名門酒会本部長・株式会社岡永さんの飯田社長さんから、「日本酒における価値創造型サプライチェーンはいかに構築されたか」というタイトルで、1時間の講演がありました。まずは講師プロフィールの紹介があり、高度経済成長終焉の1975年に、日本名門酒会が発足したというお話があります。その背景と目的は、まず1972~74年をピークに消費者の日本酒離れが起こっていたことから、全国各地にまだ残っている良質な地酒をしっかりと流通させて愛飲家のもとへ届けようというものでした。そのためには、流通が主体性を取り戻し、日本酒を中心とした強い専門店を作ることが必須であると判断し、「良い酒を佳い人に」をキャッチフレーズとして、全国の心ある地酒蔵元、心ある地方卸、心ある酒販店らを組織化し、日本酒の啓蒙活動を展開していきます。灘・伏見等大手NBのいわゆる「三増酒」だらけの市場に、まだ一般にはほとんど流通していなかった「本醸造酒」「純米酒」「吟醸酒」等を普及させていき、12蔵元と加盟店50店でスタートした会は、現在約120蔵元、約1,500店の加盟店を擁する組織となっているのです。お次は、「日本名門酒会・半世紀の活動」についてのお話がありました。その中で、発足から5年後の1980年12月時点で、小阪先生のお話に登場した「サプライチェーンを価値創造型のエコシステムに」の図に瓜二つの、日本名門酒会の組織を理論づけした「ペンタゴン」(図3)がマーケティング戦略に使われていたというのは、本当に画期的なことであったといえるでしょう。 <図3>
そして、「日本名門酒会・全国大会」、「店頭試飲会」、「情報誌」、「友の会」、「加盟時研修会」、「蔵元見学会」、「品質管理委員会」、「メーカー技術交流会」……という、現在につながる「日本名門酒会」の様々な活動が、ひとつひとつ誕生していくのです。これらの活動は、「売場編集」「研修」「イベント(体験)」「品質向上(技術交流)」という4つに集約されるでしょう。 【「一年52週の生活提案」と「立春朝搾り」、そして…】 続いては、現在最もメインとなる活動、「一年52週の生活提案」(「モノ」から「コト」へ)のお話がありました。これは、日本酒の重要な商品特性のひとつ「季節性」を前面に出し、年間の行事・季節の催事を軸にお客様の生活のリズムに合わせた提案をするというもので、お客様にきっかけや気づきを与えて、潜在的な需要(願望)を掘り起こす活動であるといえます。そして、「一年52週の生活提案・基本シート」(図4)も紹介されたのですが、これはスーパーチェーン等でよくある「販促カレンダー」とは、似て非なるものだと捉えなければならないという点が、とても重要なのだというのです。特に、「一年を通した日本酒の販売、売上のヤマを意識的・計画的に連続して作り出し、それぞれのヤマを更に高いものにしていく」という点が、最大のポイントになります。ここがまさに、日本名門酒会が業界唯一の「価値創造型サプライチェーン」であるという、証しになるのだといえるでしょう。 <図4>
お次は、「季節商品の試飲会」、「季節商品試飲会・人気速報」等のお話があり、続いては最も日本名門酒会らしい、最も「価値創造型サプライチェーン」らしい活動、「立春朝搾り」についての紹介がありました。これは、立春(毎年2月3~4日頃)の早朝に搾った縁起の良い酒を、その日のうちに地域のお客様にお届けするという企画で、27年目の令和6年は、全国35都道府県43蔵と1,182店の加盟酒販店が参加し、274,491本が一斉出荷されています。「立春朝搾り」は、「地域共感イベント」(地域性・季節性)だというお話から始まり、本部(一次卸)、支部(二次卸)、加盟店(小売)が、その地域のメーカーに集い、作業や神事等を実施して、商品化し、車に積み込み、顧客にお届けするという、その一連の流れが紹介されたのです。さらに、それぞれの加盟店店頭にて行われている、様々な販促事例等も紹介されたのですが、これぞまさに「共鳴価値」が生まれる現場なのだと、あらためて実感させていただきました。 その後も、「定番の革新」、「日本酒の価値創造(足許にある価値の掘り起こし)」(品質的な価値、情緒的な価値、新・価値、社会的な価値、日本としての価値)等についてが語られます。そして、あらためて「卸し=価値創造型サプライチェーン」だとして、「価値の見直しと概念化・言語化」、「目的を同じくする人たちの同志化」、「点から線へ、線から面へ、面から…」、「卸しの役割…標準化」、「標準化…すべては現場から」、「集団的知性…環境の力」というようなお話があり、「価値をカタチにして広めていく」と、力強く語られたのです。さらに、「逆風下の機会創出」(アフターコロナ)、「新たな需要を創り出す」(売り場の編集力、SNSの活用、イベント)、「価値創造アカデミー」(小阪先生セミナー)、「公式ホームページ」、「発注システム」、「食品の展開」、「公式YouTube」、「公式X(旧Twitter)」、「公式Instagram」、「海外活動」、「直営カクウチ店」、「お台場肉フェス2024」への挑戦……というお話があり、飯田社長さんの講演は終了します。 その後は小阪先生が加わり、質疑応答や解説がありました。会場の参加者の方からの「立春朝搾り」に関した質問に対する飯田社長さんの答えの中に、3蔵で「立春朝搾り」を開催した2年目の時に、ある蔵で初めて地元の神官さんを招いて神事を実施したことがきっかけで、4年目からは神事が標準化し、「縁起の良い酒」という新たな価値が追加されたというお話がありました。つまり「立春朝搾り」は、アチコチの地域地域のアイデアが年々積み重なり、一歩一歩少しずつ進化していったということで、まさに「集団的知性」の賜物なのだということなのです。小阪先生からは、ブラックスワン(予想外の出来事が発生すると経験や常識が通用しなくなり、社会や市場に大きな衝撃を与えるという理論)の研究者の方が残した、「物事を成し遂げるには、いじくりまわさなければならない」という言葉が紹介され、まさに「立春朝搾り」は、「いじくりまわし」によって「価値創造」と「市場創造」が行われた、典型例なのだとして、締め括られたのです。私も、小阪先生の基調講演をベースに、飯田社長さんの講演を聴かせていただき、日本名門酒会は最強の「価値創造型サプライチェーン」であると、あらためて実感させていただきました。小阪先生、飯田社長、本当に素晴らしい講演を、ありがとうございました!さて、この後は私の講演と千葉社長さんの講演なのですが、この続きは次回の「後編」に譲らせていただきます。