【門前編】なぜ、土佐酒は全体のレベルが日本一高いと言われるのか?

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【門前編】なぜ、土佐酒は全体のレベルが日本一高いと言われるのか? 今回は、「土佐酒は全体のレベルが日本一高い!」と近年言われるようになった、その秘密について、歴史を振り返りながら紹介させていただきたいと思います。かなり以前に取り上げさせていただいた、「【門前編】なぜ今、土佐酒が一番面白いのか?~土佐の風土と土佐酒のSTORY~」というトピックと一部重なる部分もありますが、そこからさらに突っ込んで、しっかりと歴史も踏まえた上で、「土佐酒のレベルの高さの秘密」に迫ってみたいと考えています。 【国内外の多くの品評会等で土佐酒が好成績を獲得!】 最初に、いつ頃から「土佐酒は全体のレベルが日本一高い」と言われるようになったのか、考察しておきましょう。まず、以下に近年国内外にて開催された多くの品評会等における高知県の蔵元の成績について、列挙してみましょう。 <SAKECOMPETITION>※2020~2022年はコロナ禍で中止。 ●「SAKECOMPETITION」2013年~2015年の3年間の通算予審通過率は、高知県が全国第1位。
●「SAKECOMPETITION」2015年~2023年の通算入賞数は、高知県が全国4位。
●「SAKECOMPETITION2016」で「司牡丹・槽掛け雫酒」が「純米大吟醸部門」で「GOLD」第2位、「吟醸酒部門」で「司牡丹・大吟醸・黒金屋」が「GOLD」第5位、「純米酒部門」で「酔鯨・純米酒・吟の夢」が「GOLD」第9位。
●「SAKECOMPETITION2017」で「土佐しらぎく・純米吟醸・山田錦」が「純米吟醸部門」で「GOLD」第1位、「美丈夫・弥太郎・純米吟醸」が同部門「GOLD」第3位、「美丈夫・慎太郎」が「純米酒部門」で「GOLD」第8位、「美丈夫・特別純米酒」が同部門で「GOLD」第10位。
●「SAKECOMPETITION2019」で「美丈夫・特別純米酒」が「純米酒部門」で「GOLD」第2位、「美丈夫・慎太郎・純米酒」が同部門「GOLD」第4位、「亀泉・貴賓」が「純米大吟醸部門」で「GOLD」第10位。
●「SAKECOMPETITION2023」で「亀泉・吟麓」が「純米吟醸部門」で「GOLD」第2位、「文佳人・純米酒」が「純米酒部門」で「GOLD」第4位、「美丈夫・特別純米酒」が同部門「GOLD」第5位。<全国新酒鑑評会>※2019~2020年はコロナ禍で中止。
●「全国新酒鑑評会」において、2011年から2024年までの12回分(2019~2020年はコロナ禍で中止のため12回)の金賞率通算成績は、高知県が全国第3位。
●平成12年(2000年)「全国新酒鑑評会」において、高知県が金賞率全国第1位。
●平成30年(2018年)「全国新酒鑑評会」において、高知県が金賞率全国第2位。
●令和4年(2022年)「全国新酒鑑評会」において、高知県が入賞率&金賞率ともに全国第1位。 <全米日本酒歓評会> ●「全米日本酒歓評会2018」において、高知県が金賞率全国第1位。
●「全米日本酒歓評会2019」において、高知県が入賞率全国第1位。
●「全米日本酒歓評会2023」において、高知県が金賞率全国第1位。
●「全米日本酒歓評会2024」において金賞率&金賞数ともに全国第1位の快挙!
<その他> ●令和6年(2024年)、高知県の19蔵元中15蔵が、国内外16のコンテストで103個のメダル獲得の受賞ラッシュ!
<「PLATINUMor最高金賞」:7、「金or優等賞」:57、「銀」:27、「銅」:11、他:1>

以上の、近年国内外にて開催された多くの品評会等における高知県の成績を見ると、平成25年(2013年)あたりからメキメキと頭角を現しはじめたといえるでしょうか。そして、「全米日本酒歓評会2018」において、高知県が金賞率全国第1位を獲得した際に、「高知県は蔵元全体のレベルが極めて高い!」と言われはじめたように思います。さらに「全米日本酒歓評会2019」において、高知県が入賞率全国第1位を獲得した際に、「高知県は蔵元全体のレベルが日本一高い!」と一部で語られはじめたように思われます。そして令和4年(2022年)「全国新酒鑑評会」において、高知県が入賞率&金賞率ともに全国第1位となったことで、「高知県は蔵元全体のレベルが日本一高い!」という言葉が、人口に膾炙していくようになります。さらに令和5年(2023年)、「全米日本酒歓評会2023」において、高知県が金賞率全国第1位を獲得し、「高知県は蔵元全体のレベルが日本一高い!」ということが決定的に証明されたと語られはじめます。さらにさらに令和6年(2024年)には、「全米日本酒歓評会2024」において2年連続の金賞率全国第1位に加え、少ない蔵元数にも関わらず、何と金賞数も全国第1位という快挙を成し遂げ、しかもこの年は15蔵元が国内外16のコンテストで103個のメダルも獲得し、「高知県は蔵元全体のレベルが日本一高い!」ということが完全に証明されたと語られるようになったのです。 ではなぜ土佐酒全体が、これほどレベルが高くなったのか、まずはその歴史について深掘りしてみましょう。土佐酒の品質アップの歴史を語るとき、絶対にはずせない史実が2つあります。その2つの史実を、以下にご紹介しておきましょう。 【土佐酒品質アップの歴史①:広島杜氏の軟水醸造法】 昭和元年(1926年)、竹村源十郎(現司牡丹酒造社長の曾祖父)は、司牡丹を四国一の酒質に引き上げるとの思いを胸に、全国有名醸造地行脚の旅に出ます。司牡丹の仕込水は軟水ですが、当時軟水は酒造りには不向きと言われる難物でした。その軟水を使用して良質の酒を生み出すためには、軟水で美酒造りに成功したところを訪ね、研究するしかありません。さらに重要なのは軟水で優れた酒を造る、杜氏の発掘と登用です。そんな使命を胸に、源十郎は全国行脚に旅立ったのです。酒蔵をたんねんに訪ね回り、源十郎は水の研究を続けながら杜氏を探し回ります。そしてそのうち、杜氏が熱心で研究を怠らず注意深く仕事をしてくれさえすれば、必ず良い酒ができると気づきます。その杜氏の性格を見れば、およそ検討がつくことを理解したのです。また、当時は薬品を使って軟水を硬水にするところが多かったようですが、杜氏が熱意を持って水の研究に取り組めば、かえって軟水のままの方が良い酒ができるという結論も得ます。それならば「軟水で良い酒を造る、軟水醸造法の広島杜氏を迎えよう」。これが源十郎の決断でした。その結果、広島県三津の杜氏・川西金兵衛に白羽の矢を立て、迎え入れることになります。全国行脚を始めて5年の歳月が経っていました。そして新杜氏・川西の造った司牡丹は、昭和7年(1932年)、全国清酒品評会で見事に優等賞を受賞します。さらに川西は、「酒は麹だ。良い麹屋が必要だ。」と、同郷の広島県安芸津町出身の植野瞭三を発掘するなど、ますます司牡丹の酒質に磨きをかけます。その後、昭和11年(1936年)、昭和13年(1938年)と全国清酒品評会で優等賞を獲得。この三度の優等賞獲得によって、昭和13年に司牡丹は「名誉賞」を授与されます。これは四国では初めて、かつ唯一の快挙でした。司牡丹を四国一の酒にしたいという源十郎の夢は叶ったのです。 以来、他の高知県内酒造会社の土佐鶴酒造、そして酔鯨酒造も、広島杜氏を招くようになるのです。ちなみに軟水醸造法とは、現在の吟醸造りの基礎となった醸造法と言われており、広島杜氏は吟醸酒の産みの親とも言われています。つまり、この源十郎の広島杜氏招聘がきっかけとなって、高知県内酒蔵の酒造りのレベルがアップし、県内酒蔵に吟醸造りの技が普及していくことになったのだと言っても過言ではないでしょう。 【土佐酒品質アップの歴史②:兵庫県産山田錦の割り振り】 司牡丹酒造では、灘の酒蔵の独占状態であった兵庫県産山田錦の「村米制度」の一角に早くから(戦前からと思われる)食い込み、最高ランクの山田錦の入手ルートを確立していました。そして平成3(1991)年~平成12(2000)年、竹村維早夫(司牡丹酒造先代社長)が高知県酒造組合連合会会長(現・高知県酒造組合理事長)に就任します。この会長在任時に維早夫は、当時極めて入手困難であった兵庫県産山田錦を、希望する県内酒蔵に各社がタンク1本は仕込める量を割り振るという英断を実行したのです。当初は自社の山田錦使用量を減らさざるを得ませんでしたが、兵庫県の農協に通いつめて直談判し、少しずつ山田錦の入手量を増やしていったのです。 この当時、「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞するレベルの大吟醸酒を造るために必要な高精米が可能な酒米は、兵庫県産の山田錦しかないと言われていました。ということは、兵庫県産の山田錦が手に入らなければ、「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞することなど、夢のまた夢のようなものだったのです。つまり、この維早夫の兵庫県産山田錦割り振りという英断が、土佐酒の品質アップの基礎を築き上げたのだと言っても過言ではないでしょう。 【土佐酒品質アップの理由➀:造りのデータを共有】 さて、ではなぜ土佐酒全体が、近年急激にこれほどレベルが高くなったのかというと、その最大の理由は、各蔵の造りの分析データを全蔵で共有しているからだといえるでしょう。高知県工業技術センターが、平成7年(1995年)頃より毎年造りの時期の冬場に各蔵を巡回し、高知酵母の配布、原料米の分析、麹の分析、モロミの分析……等々の、個別の蔵ではできない高度な分析を実施しており、さらにその分析データを全蔵で情報共有しているのです。ここまで徹底している地域は、高知県以外他にはなく、業界においてこの手法は「高知方式」と呼ばれているほどなのです。 ちなみに、高知県工業技術センターが実施している高度な分析等についての詳細は、次のとおりです。➀高知酵母の配布:スラントでの配布。3ℓでの培養酵母100~200セット。➁原料米の分析:県内全酒米農家のサンプルと、県内酒造場の原料米の溶けやすさやタンパク含量を分析。③麹の分析:県内酒造場の吟醸麹…消化試験法。年間約700点分析。麹の強弱を判定。味の濃淡を判定。④モロミの分析:醸造期は毎週月曜日にモロミを採集し、年間約1,300点を分析。→モロミ初期から分析を開始し、発酵が順調に進んでいるかを確認。→雑味の少なさに寄与。……また、以上のような造りの分析データを全蔵で共有するメリットは、以下のとおりでしょうか。<メリット➀>悪い数値を他社と比較することで、自社のレベルを認識し、他社と切磋琢磨しながらそれらの悪い数値を低減させていくことができる。<メリット➁>大きな蔵や上手な蔵の造りを参考にできる。<メリット③>成功事例も、失敗事例も公表することで、多くのことを短期間に学べる。<メリット④>各蔵の個性化にも役立つ。……これらのメリットの積み重ねによって、土佐酒全体のレベルが、近年急激に高くなったのだといえるでしょう。 【土佐酒品質アップの理由➁:バリエーション豊富な高知酵母】 土佐酒全体が、なぜ近年急激にこれほどレベルが高くなったのか、その2番目の理由は、バリエーション豊富な高知酵母のお陰であるといえるでしょう。この高知酵母についてお話させていただく前に、土佐酒の味わいの特徴について、少しご紹介させていただきたいと思います。まず、全国の国税局が実施した市販酒類調査結果(平成25~令和元年)によれば、あらゆる酒質タイプ(普通酒、本醸造酒、純米酒、吟醸酒)において高知県は、「甘辛度」(辛い順)がほぼ1位~5位に入っており、つまり日本一辛口の県だということになります。続いて同調査結果の「酸度」(高い順)を見ると、高知県はほぼ上位に入っており、つまりやや酸が高めということになります。次に同調査結果の「アミノ酸度」(低い順)を見ると、高知県はほぼ1位~5位に入っており、つまりアミノ酸度が低く雑味が少ないということになるのです。まとめますと、土佐酒は全国一辛口で、しっかり酸があって飲みごたえがありながら、雑味は少なく後口が綺麗でキレが良い酒ということになるでしょう。そしてこういう酒質タイプは、鮮度の良い食材を使ったシンプルな料理の美味しさを、出汁のように下から支えて押し上げ、その美味しさを引き立ててくれますから、交互にやると箸も杯も止まらなくなるというわけです。まさに土佐の風土に根差した食文化に、見事にマッチする酒質であるといえるでしょう。 ところが、こういう酒質タイプは、料理と合わせてこそ本領を発揮するお酒であり、お酒だけを飲むとやや物足りなく感じますから、お酒だけを唎酒して審査する品評会やコンテスト等では大変不利になり、入賞は難しいとされています。また、甘いお酒の後に辛いお酒が並んでいた場合、プロの審査員であっても正確な唎酒判断は難しく、辛口は「身薄い」「味ノリが悪い」「渋い」といった良くない評価になってしまいやすいため、「コンテストでは甘口酒が圧倒的に有利」と語られているほどなのです。ではなぜ、前記のとおり土佐酒の「受賞ラッシュ」が実現できたのかといえば、それは高知酵母の存在のお陰であるといえるでしょう。高知県工業技術センターが開発した高知酵母にはたくさんの種類があり、大半がリンゴ系、バナナ系、パイナップル系などのフルーティな香りを生成します。この高知酵母のお陰で、本醸造酒や純米酒であっても吟醸酒並みのフルーティな香りを醸し出すことができるようになったのです。さらに特筆すべきは、高知酵母「CEL24」という酵母の存在で、この酵母はリンゴ系のフルーティな香りが大変高くなり、極めて甘口のタイプになるのですが、この酵母で仕込んだお酒が、近年全国レベル・世界レベルで大人気となっており、10社以上の県内蔵元にて既に商品化されています。つまり土佐酒は、風土に根差した食文化と密接につながった辛口酒が頑としてベースにありながら、全く真逆の甘口タイプもハイレベルで醸すことができ、さらにハイレベルのバリエーション豊富な酒質タイプが存在しているということで、これにより様々なコンテストでの上位入賞が可能になっているのだといえるでしょう。 ちなみに高知酵母の「生みの親」と呼ばれている上東治彦氏は、大学で微生物の研究をし、土佐鶴酒造勤務を経て、昭和60年(1985年)に高知県工業試験場(現・高知県工業技術センター)に着任しています。そして、高知県独自の酵母開発に着手。平成3年(1991年)には、清酒酵母にワイン酵母を掛け合わせ、醸造に耐えうる酵母を育成し、華やかな香りを出す酵母の開発に成功します。これが高知酵母第1号の「KW77」でした。その後、平成4年(1992年)に「A14」、平成5年(1993年)に「CEL19」、「CEL24」、平成14年(2002年)に「CEL11」、「CEL66」、平成15年(2003年)に「AA41」……と、次々に新酵母を開発。いまや20種類を超える、バリエーション豊富な高知酵母が誕生しているのです。現在上東氏は、高知県酒造組合技術顧問、さらに日本酒造組合中央会四国支部技術顧問にも就任しています。
<高知酵母の種類と香気成分> 【土佐酒品質アップの理由③:「土佐酒振興プラットフォーム」の設立】 土佐酒全体が、なぜ近年急激にこれほどレベルが高くなったのか、その3番目の理由は、高知県内の産官学が連携した、「土佐酒振興プラットフォーム」(竹村昭彦会長)の存在も大きいといえるでしょう。この組織は、土佐酒の認知度の向上及びその原料となる高知県産酒米の生産振興に向けた活動を維持するため、産官学の関係者が連携し、土佐酒に新たな価値を生むための方策などを検討する場として設立されたもので、酒米の品質向上、土佐酒のさらなる品質向上とブランド化、土佐酒の販路拡大と輸出拡大などを推進し、好循環を実現しようという目論見です。その構成メンバーは、高知県酒造組合、高知県(産業振興推進部地産地消・外商課&農業振興部環境農業推進課)、高知県工業技術センター、高知県農業技術センター、高知県貿易協会、高知県中小企業団体中央会、国立大学法人高知大学、株式会社地域商社こうち(こうち酒米精米工場担当)、高知県農業協同組合農畜産部、県内各地の農業振興センターの方々や酒米農家の方々らとなっています。設立された平成28(2016)年から、「高知県酒米品評会」も実施し、農家の方々のモチベーションアップにもつながり、県産酒米の品質は年々向上しているのです。 ちなみに高知県は、かつては台風銀座と呼ばれており、台風被害の多い稲作については二期作中心で、「質より量」の県であったため、良質な酒米についてはほとんど栽培されていませんでした。しかし、台風の直撃が減ってきたこと等もあり、平成に入って少し経ってから、高知県農業技術センターの方々も酒米の開発に乗り出してくれるようになったのです。平成8年(1996年)には、まずは酒造適性米である「土佐錦」が開発されます。そして平成10年(1998年)には、待望の高知県初の酒造好適米、「吟の夢」が開発されるのです。この「吟の夢」は、この酒米を使った大吟醸酒で「全国新酒鑑評会」にて金賞を受賞した蔵もあるほど、レベルの高い酒米であるといえます。そして、平成13年(2001年)には、早生の酒造好適米「風鳴子」、平成31年(2019年)には早生の酒造好適米「土佐麗」が開発されているのです。 【まとめ】最後にまとめておきましょう。土佐酒全体が、なぜ近年急激にこれほどレベルが高くなったのか、その理由とは、まず現代の吟醸造りの基となる「広島杜氏の軟水醸造法」の普及と、当時入手困難であった「兵庫県産山田錦の割り振り」という歴史をベースとしながら、その上に「造りのデータを共有する」という「高知方式」の実施と、「バリエーション豊富な高知酵母」の存在と、「土佐酒振興プラットフォーム」の設立という3点が加わることにより、成し遂げられたのだといえるでしょう。