【門前編】「好き」や「美味しい」の言語化で日本酒の表現力を磨く!<前編>

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【門前編】「好き」や「美味しい」の言語化で日本酒の表現力を磨く!<前編> ここ最近、書店には「言語化」の関係書籍がズラリと並び、花盛りの様相を呈しています。インターネットが発達し、AIが当たり前になり、誰でも簡単に文章が書けてそれを瞬時に発信できるようになった今、だからこそ自分だけの想いをより明確に言語化したいと思う人が増えているのでしょう。そんな中で、私の母校「高知学芸高等学校」の後輩であり、私の娘の1つ先輩でもある高知県出身の文芸評論家、三宅香帆さんの講演を聴く機会があり、ご著書の「『好き』を言語化する技術~推しの素晴らしさを語りたいのに『やばい!』しかでてこない~」(三宅香帆著ディスカヴァー携書2024年7月31日発行1200円+税)を購入しました。この書籍は25万部を突破し、2025年上半期で1番売れた新書なのだといいます。そしてその後、明治大学文学部教授で超ベストセラー作家・齋藤孝先生の、「『美味しい』から始める日本語~『食』の語彙力~」(齋藤孝著河出新書2026年3月30日発行1000円+税)という書籍も購入し、この2冊を読み比べてみました。と、いうことで今回は、この2冊を参考に、「好き」や「美味しい」の言語化を学び、伝わる日本酒の表現について、考えてみたいと思います。今回はその「前編」です。 【「おもしろかった」しかでてこない!「美味しい」としか言えない!】 まず三宅さんの書籍は、「すごく感動したのに『おもしろかった』しか言葉がでてこない…」という、推しの素晴らしさを語りたい方々の悩みに対して、解決策を呈示した書籍です。三宅さんは、自分の感想を言葉にするうえで大切なことは、語彙力でも観察力でも分析力でもなく、必要なのは自分の感想を言葉にする「ちょっとしたコツ」なのだといい、そのコツさえ知っていれば、自分の言葉は誰でもつくることができるのだといいます。推しについての発信で一番重要なことは、「自分の言葉をつくること」、ただそれだけなのだというのです。現代はSNSを通して「他人の言葉が自分に流れ込みやすい時代」であり、私たちは他人の言葉にどうしても影響を受けるため、「自分の言葉をつくる」技術が現代の必須スキルであり、それを本書でお伝えしているのだと。また、「推し」はなんのジャンルでもOKで、俳優でも、声優でも、アイドルでも、アニメでも、漫画でも、映画でも、山登りでも、将棋でも…つまり「日本酒」でも!…あなたの好きなものや人ならなんでも大丈夫なのだと語っています。そして、推しを語ることで、あなた自身の「好き」がどこからきたのかが分かるはずで、推しを語ることはあなた自身の人生を語ることでもあるのだというのです。 一方、齋藤先生の書籍は、「なぜ、何を食べても『美味しい』としか言えないのか?」という問題を取り上げ、その解決策を呈示した書籍であるといえます。齋藤先生は、「美味しい」というひと言の内容や詳細を、もう少し細かく言語化する技術があると、より豊かに生きることができるのだというのです。食の感覚と言葉は密接に結びついており、言語の表現がうまくなると、味自体もより繊細に感じ分けられるようになるのだといいます。つまり、日本酒の言語表現がうまくなると、日本酒の香味自体もより繊細に感じ分けられるようになるということなのです。さらに、言葉が変われば、毎日の食体験はもっと楽しく、もっと幸せになるのだといいます。そして、日本の食文化が非常に豊かであることを前提とし、それを言葉で表現することによって、日本の食文化の豊かさを皆で共有し、さらに盛り上げていきましょうと語るのです。 【「推し」を言語化する技術】 ではまず三宅さんの書籍から、「推し」を言語化する際の技術についてご紹介しましょう。三宅さんは、「推し」という言葉は、昨今いろんな対象に使うようになり、応援しているアイドル等に限らず、アニメや映画やゲームといったコンテンツ、あるいは大好きなスポーツや釣りといった趣味、もしくは誰かに広めたい商品や習慣も入るかもしれないと語っています。これまでも「ファン」や「贔屓」といった言葉はありましたが、「推し」という言葉の特徴は、「推薦したい」、つまりは誰かに薦めたい、という感情が入っていることだといい、単にこの対象を好きなだけではなく、「他人に紹介したい!」「魅力を言葉にしてその素晴らしさを分析したい!」という欲望を持つことが、推しの条件なのかもしれないと語るのです。つまり、日本酒蔵元、酒類卸、酒販店、飲食店の皆さんが、ある日本酒を誰かに薦めたいというときに、推しを言語化する技術は、極めて役に立つのだといえるでしょう。 そして三宅さんが、ずばり!推しを語るときに一番大切なことは「自分だけの感情」なのだといいます。他人や周囲が言っていることではなく、「自分オリジナルの感想を言葉にすること」なのだと。これは簡単にみえて意外に難しく、なぜなら人間は何も考えずにいたら、世の中に既にある「ありきたりな言葉」を使ってしまう生き物だからだというのです。ある言葉がいろいろ乱用されたことで、その言葉の本当の意味や新しさが失われてしまったことを指す用語で、ありきたりなシチュエーション、ありきたりな台詞、ありきたりな言葉、それらをフランス語で「クリシェ」と呼ぶのだといいます。このクリシェこそが、感想を話したり文章を書いたりするにあたって、あなたの感想を奪う、最も警戒すべき敵だと語るのです。たとえば、「泣ける」「やばい」「考えさせられた」という3つは、「感想界のクリシェ」で、特に「泣ける」と「考えさせられる」は使ったらそこで思考停止になってしまうのだといいます。クリシェを禁止した先に「自分だけの感想」が存在する、ありきたりな表現を使わずに自分だけの感情、考え、印象、思考を言葉にするだけで、オリジナルな表現ができあがるのだと。世間や他人がインストールしてこようとする言葉に対して、いったん立ち止まり、そして自分だけの感情や思考を取り戻して言葉にする、これは実はすごく重要なプロセスなのだというのです。日本酒業界でも、「フルーティ」「すっきり」「飲みやすい」、あるいは「辛口」という言葉も、もはやクリシェになるのかもしれません。気をつけたいものです。 では、クリシェに負けず、自分の感情を言葉にできたとして、それだけで推しを語る文章は完成するのかというと答えはNOで、実はまだ必要なものがあるのだといいます。それは「工夫」で、もっと詳しく言うと、「工夫しようとする志」なのだと。文章の核が「自分だけの感情」だとすれば、その核を包むものとして「文章の工夫」がなければ、他人には伝わらないのだというのです。ただし、工夫をしすぎて文章を書くことにものすごく時間がかかって生活に支障をきたしたら本末転倒ですから、工夫は「ここまでだったら楽しめるな」という範囲でやってもらうのが一番だと語っています。そして、伝わる文章というのは、書き手が「伝わるように工夫している」から伝わっているのだといい、文章の才能は存在するかもしれないけれど、それよりも工夫する努力をするほうが、文章の完成度が高くなる要素の比重は絶対に大きいのだというのです。さらに、感想を書くうえで大切なのは、読解力でも観察力でもなく、「妄想力」……つまり自分の考えを膨らませる能力が必要なのだといいます。たとえば、推しの俳優のドラマのシーンがすごくよかったとして、この「よかった」という地点から、自分の思考を展開させる力が妄想力なのだというのです。「よかった」理由について、昔見たものや昔好きだった推しを引っ張りだしたりしつつ、自分の妄想を広げていく……そんなイメージで考えるほうが、感想のネタは出てきやすいのだといいます。そして大切なのは、合っているか間違っているかは置いておいて、とにかく妄想を広げること、自分の感想を頭の中でこねくり回すという体験が重要なのだというのです。そして、ここまでで「自分の感情という核」の重要性、伝わる文章を書くためには「工夫で包む」ことが必要であること、そして「妄想力があれば感想は生まれる」ことの3点をお伝えしてきましたが、その3点をどうやって身につけるかは、これ以降で説明しますと語っています。日本酒を表現する際にも、まずこの3点を頭においておくことが重要であるといえるでしょう。 三宅さんは、推しを見て感動したのに、その先が言語化できず「やばい」しか出てこない状態を悪いことだとはまったく思わないのだというのです。なぜなら、感動が脳内で直ぐに言語に変換されないのは当たり前のことで、感動とは言葉にならない感情のことを指すのですから、と語っています。いいときもよくないときも、なにか自分の感情が大きく動くような事態に対して、私たちは「やばい」を使いますが、あれは古語の「あはれなり」とまったく同じ意味ですから、決して乱れた表現などではないのだと。感情を大きく動かしてくれることとは、それがたとえマイナスでもプラスでも、人生におけるすごく素敵なギフトなのだというのです。そして、自分の「好き」を言語化するうえで一番重要なことは、ずばり「他人の感想を見ないこと」だといいます。自分がまだモヤモヤとした「好き」しか抱えていないとき、ほかの人がはっきりとした強い言葉を使っていると、私たちはなぜか強い言葉に寄っていくようにできているのだというのです。すると、自分の「好き」はおろか、自分の感情や思考、もともと持っていた言葉も見失ってしまうのだといいます。ですから、SNSなどで他人の感想を読む前にひと呼吸おいて、まずは自分の感想をメモしましょうと語り、これはすごく重要なコツなのだというのです。酒類卸、酒販店、飲食店の皆さんが、日本酒メーカーから届けられた特徴などを見る前に、まずテイスティングして自分の感想をメモしておくことが大切なのだといえるでしょう。 続いて、いよいよ具体的な「感想の言語化の前に必要なプロセス」について、三宅さんは説明しています。①よかった箇所の具体例を挙げる。②感情を言語化する。③忘れないようにメモをする。この3つなのだというのです。そして、ここで最も重要なことを言いますと語り、「言語化するには、語彙力が必要だ」と世間ではよく言われますが、推しの魅力を言語化するとき、本当に重要なのは語彙力ではなく、必要なのは「細分化」なのだといいます。言語化とは、いかに細分化できるかどうかなのだと。まずやるべきは、「自分は」「どこが」よかったのかを具体的に思い出すことだというのです。そして具体的に挙げるうえで注意してほしいのが、「細かく」挙げることだといいます。それは、感想のオリジナリティは細かさに宿るからだというのです。あなたの心にどこが響いたのか、それを細かく挙げることによって、あなたの感想はあなただけの言葉になるのだといいます。言語化とは、「どこが」どうだったのかを、細分化してそれぞれを言葉にしていく作業なのだというのです。 次にやるべき「感情を言語化する」とは、<どういう>感情を抱いたのかをメモすることで、<どうして>その感情を抱いたのかを書けたら最もいいのだと語っています。そして「ポジティブな感情を抱いた理由を考えるヒント」として、①自分の体験との共通点を探す、②好きなものとの共通点を探す、③どこが新しいのかを考える、の3つを挙げるのです。また、歌人の穂村弘さんが「短歌の友人」という短歌の解説書で、「この短歌がいいと感じるのは、『共感』か『驚き』のどちらかである」と書いているのだといいます。「共感」とは、自分も同じような体験や感情を知っていて、それをぴったりくる言葉にしてもらったことへの快感なのだというのです。一方で「驚き」とは、それまで見たことのないような未知の手法に出会ったときの快感なのだといいます。そして短歌だけに留まらず、この世にある創作物に対する面白さは結局この2つ、「共感」か「驚き」に分類できるのだというのです。そして、感想を言語化する3つの方法を、「ポジティブ」と「ネガティブ」の2つに分けて、以下のとおり挙げています。 ◎ポジティブな感情の言語化のプロセス

(1)「共感」(既に自分が知っている体験/好みと似ている)。もしくは、「驚き」(今まで見たことのない意外性を感じる)のどちらなのかを考える。

(2)「共感」の場合:

①自分の体験との共通点を探す。②自分の好きなものとの共通点を探す。
「驚き」の場合:③どこが新しいと感じるのかを考える。
◎ネガティブな感情の言語化のプロセス

(1)「不快」(際立って嫌な感情を抱いている)。もしくは、「退屈」(ありきたりでつまらないと感じる)のどちらなのかを考える。

(2)「不快」の場合:

①自分の(嫌な)体験との共通点を探す。②(自分が既に)嫌いなものとの共通点を探す。
「退屈」の場合:③どこがありきたりなのかを考える。
つまり、私たちが日本酒の美味しさを言語化する前にまずやるべきことは、「自分は」「どこが」よかったのかを具体的に思い出すこと、それもできるだけ細かく「細分化」して挙げることだといえるのです。そして、この世にある創作物に対する面白さは結局、「共感」か「驚き」に分類できるのだということは、日本酒の美味しさや楽しさも「共感」か「驚き」の2つに分類できるということ。日本酒業界においてこのことを知っているだけでも、日本酒の表現力にまったくの違いがでてくるのではないでしょうか。たとえば、ある日本酒を飲んで、「美味しい」と感じた場合は、それは「共感」なのか「驚き」なのか、あるいは「美味しくない」と感じた場合は、それは「不快」なのか「退屈」なのかを考えてみるということです。そしてそれが「共感」なら、自分の体験との共通点を探すか、自分の好きなものとの共通点を探す。それが「驚き」なら、どこが新しいと感じるのかを考える。それが「不快」なら、自分の嫌な体験との共通点を探すか、自分が既に嫌いなものとの共通点を探す。それが「退屈」なら、どこがありきたりなのかを考える。そして、それらを具体的に細分化してメモするということです。実際に私も、テイスティングをしてこの手法で考えてみましたが、確かに非常にスムーズに、ありきたりではない言葉がたくさん湧いてきました。是非皆さんも実践してみられることを強くお薦めします。たとえば、ある日本酒が「美味しい」と感じて、それが「共感」だった場合、こんな感じでしょうか。「この日本酒を飲んだ瞬間、そのほのかな華やかさを秘めた上品で奥ゆかしい香りと、やわらかに包み込むように膨らむ味わい、そして後口のキリッとしたキレの良さに、なんだか胸の奥がキュンとするような妙な懐かしさを覚えた。この感覚は何なのか探ってみると、それは私が子供の頃の祖母の記憶であった。明治生まれの祖母は、旅順の女学校を卒業したキリッとしたきっぷのいい人で、子どもの教育などには厳しい面もあったが、やわらかに包み込んでくれるような優しさにあふれる祖母であった。80歳を超えても、いつも着物をきちっと着こなし姿勢もよく、上品で奥ゆかしい石鹸の香りがした記憶が蘇ってきたのである。そう、この日本酒は、まさしく私の祖母を彷彿とさせてくれる、そんな香味であったのだ。」 【「美味しい」を言語化する技術】 一方齋藤先生は、文学部教授らしく、これほどまでに進んできた日本の食文化をもっと楽しむために、私たちがこれからやるべきことは食に関する語彙を増やすことだと語っています。何かを食べた時、単に「美味しい」ですませるのではなく、もう少し「美味しい」にかかわる語彙力のレベルを高めてみようというのが、齋藤先生の提案なのだと。語彙力は、人間にとって文化の根幹をなす要因なのだというのです。たとえば、ワイン文化は言語によって育まれており、言語表現が食の価値を高めるのだと。お腹をいっぱいにするために食べるとか、健康のために食べるというのではない、その先にあるものが食文化なのであって、それこそが動物の食本能とは異なるところなのだと語っています。さらに、「人の歴史はその人が食べてきたものの歴史でもある」と考えているのだといい、それを小説の中でうまく描写しているのは、さすが文学者の感性だと思うと語り、中勘助の「銀の匙」や井上靖の「しろばんば」等を挙げるのです。そんな文学者の表現は確かに素晴らしいですが、斎藤先生は食にまつわる記憶を辿ることで、誰もが心に響く表現をすることができるのだといいます。食と記憶の結びつきはとても強いので、食をきっかけにして振り返ってみると、その時の情景や雰囲気、自分の感覚なども一緒に蘇ってくることがあるのだというのです。 さて、斎藤先生による、美味しいものを食べた時の具体的な評価のポイントは、まず何より大切な基本は、まず開口一番「美味しい!」と口にすることだといいます。美味しいだけではいけないのではと思われるかもしれませんが、美味しいだけで終わりにしないようにしようということを提唱しているのであって、まず「美味しい」という結論を先に言ってしまうのは大切なポイントなのだというのです。これを言わずに、気の利いた細かいことを言おうとしすぎて、結局「美味しい」を言い損ねてしまったケースを多々目にしてきたのだといいます。ですから、美味しいことを前提条件とした上で、何がどう美味しいのか、自分はどこが気に入ったのかを具体的に言語化していく作業に入りましょうと語るのです。そして、「美味しい」と言った後、何から褒めればいいのかというと、基本となる褒めポイントは、「味」「素材」「調理法」の三点なのだといいます。それに続けて、その基本を補強するような形で料理まわりの部分を褒めるのだというのです。 ➀味を褒める

<塩味>表現事例:「角のない塩気」「塩の利かせ方が絶妙」「舌先にすっとなじむ塩味」「ひとつまみの塩が素材を活かす」「海の恵みがぎゅっと詰まった味」「味わいに立体感を与える塩味」「『もう一口』を誘う塩加減」……

<甘味>表現事例:「ふわっと広がる甘さ」「透き通るような甘さ」「深みのある甘さが味に奥行きを与える」「軽やかな甘さで食べ飽きることがない」「花の香りを閉じ込めたような甘さ」「幸せを感じさせる甘味」「疲れた頭をラクにしてくれる甘さ」……

<酸味>表現事例:「果実味あふれる酸味」「奥ゆかしい酸味」「軽快な酸味で後味はさっぱり」「暑い日に体が求める酸味」「元気をチャージする酸味」「気分をシャキッとさせる酸味」「爽快な酸味が香りとともに抜けていく」「酸味が脂分をサッパリさせる」……

<苦味>表現事例:「味を引き締める苦味」「深く余韻を残す苦味」「苦味のアクセント」「ほろ苦さが全体の味をまとめている」「柔らかな苦味が後味をすっきりさせる」「苦味が全体の輪郭を際立たせる」「渋みを帯びた上質な苦味」……

<旨味>表現事例:「じんわり広がる美味しさ」「素朴で飽きない旨味」「じっくり引き出された旨味」「噛むたびに旨味がじゅわっとあふれる」「素材本来の力強い旨味を感じる」「旨味の余韻が長く続く」「シンプルなのに奥行きのある旨味」……

<辛味>表現事例:「唐辛子のシャープな辛味」「胡椒の香り高い辛味」「生姜の温まる辛味」「スッと抜ける辛味」「一口で鮮烈な刺激が走る」「辛味が味覚にリズムを与える」「辛さが五感を目覚めさせる」……

➁素材を褒める:素材を褒める場合、味そのものだけではなく、入手方法も対象になるのだといいます。「生産地に足を運んで納得できるものだけを厳選した」という背景も評価できますし、「この値段でこの美味しさ」というコスパのよさもポイントになるのだというのです。また、素材を褒める時には、魚でいえば名産地などの、その素材に関する知識をある程度知っていると便利なのだといいます。

③調理法を褒める:素材以外でも言及したいポイントとして、調理法があるのだといいます。たとえばカレーで、大量の玉ねぎをじっくり炒めて甘みを出しているという特徴があれば、「やはり時間をかけて丁寧に炒めると、まろやかで優しい甘みが生まれますね」といった具合なのだというのです。

④食感を褒める:日本語には、数多くの擬態語、擬音語があり、直感的に使えて共感も求めやすく、日本語の言語表現の強みにもなっているのだといいます。次のような事例が挙げられています。「弾力があるコリコリの食感」「ふんわりと包み込まれるような」「身がキュッと締まった刺身」「舌の上でとろけて消える」「口に入れた瞬間、ふわっと広がる」「ねっとり濃厚で舌にからみつく」「プルプルと震える柔らかさ」……

⑤香りを褒める:表現事例:「香りが立つ」「香ばしさが鼻腔に広がる」「噛むたびに香りがふくらむ」「温かさとともに香りが立ちあがる」「記憶を呼び覚ます香り」「一瞬で景色を変える香り」「スパイスの香りが異国情緒を感じさせる」……

⑥食後感を褒める:表現事例:「心地よい余韻」「口の中が爽やかに整う」「満足感が長く続く」「食べ終わった後の爽快感」「甘さがふわっと残り幸福感が続く」「またすぐ食べたくなる味わい」「味わいの終わりに安らぎを感じる」……

⑦見た目を褒める:表現事例:「赤と緑の対比が鮮やか」「一皿の中に季節が切り取られている」「計算し尽くしたかのような色彩の配置」「余白の美を感じる」「暖色のグラデーションを見事に表現」「口にする前に心が満たされる」……

⑧ご苦労を褒める:名店といわれる店、評判のいい店には、たいていオリジナルの工夫があるものですから、そこが分かればそのご苦労が褒めポイントになるのだといいます。

⑨比喩で存在感を褒める:彦摩呂さんの「〇〇の宝石箱や!」のような比喩表現として、次のような事例が挙げられています。「食べすすめるごとに宝探しをしている気分」「南国の風が口いっぱいに広がる」「まるで交響曲のように調和する一皿」「春の花が一斉に咲いたような華やぎ」「味わいがページをめくるように展開する」「一口で幸せが満ちてくる」「食べることが祝福に変わる」……

⑩その他:その他にも、「雪の中を何百メートルも歩いてようやく辿り着いた小屋の中で暖炉にあたる、そんな温かい感覚をこの大根の煮物で感じました」などのように、ストーリー仕立てで表現してみることや、隠し味が効いていて美味しい料理を褒める時に、世阿弥の言葉「秘すれば花なり」といったように偉人の名言で褒めるという事例や、一瞬黙って間合いで表現する、センスの良さや選択眼を褒める、などが紹介されているのです。

さて、この斎藤先生の「美味しい」を言語化する技術を使って、日本酒を表現してみましょう。日本酒の場合は、まずは香りからでしょうし、その後で味わい、そして食感や食後感(後口)ときて、続いて素材(原料米)や醸造技術、造りのご苦労や比喩で存在感を褒めるといった順番が一般的だといえます。たとえばこんな感じでしょうか。「一瞬で景色を変えるような華やかな香りとともに、透き通るようなほのかな甘さとシンプルでありながら奥行きのある旨味が膨らみ、軽快な酸味とほのかな苦味が後味をすっきりさせてくれ、スッと抜けるようなキレを持つ辛口酒。味わいの終わりには安らぎが感じられ、またすぐもう一杯飲みたくなる。原料米の素性の確かさが感じられ、さらに杜氏の綱渡りのように精緻な醸造管理の苦労がしのばれる。香りと甘味・旨味・酸味・苦味・辛味(キレ)がまるで交響曲のように絶妙に調和しており、この酒とともに新鮮魚介を堪能することが祝福に変わる、そんな食中酒の最高峰といえる純米吟醸酒である。」……こんなふうに表現された日本酒があったら、誰しもが思わず飲んでみたくなることでしょう。