【門前編】「好き」や「美味しい」の言語化で日本酒の表現力を磨く!<後編>今回は前回の続きで、私の母校「高知学芸高等学校」の後輩であり、私の娘の1つ先輩でもある高知県出身の文芸評論家、三宅香帆さんのご著書、「『好き』を言語化する技術~推しの素晴らしさを語りたいのに『やばい!』しかでてこない~」(三宅香帆著 ディスカヴァー携書 2024年7月31日発行 1200円+税)と、明治大学文学部教授で超ベストセラー作家・齋藤孝先生のご著書、「『美味しい』から始める日本語~『食』の語彙力~」(齋藤孝著 河出新書 2026年3月30日発行 1000円+税)を参考に、「好き」や「美味しい」の言語化を学び、伝わる日本酒の表現について、考えてみたいと思います。今回はその「後編」です。
【推しの素晴らしさをしゃべる】 まず三宅さんの書籍から、「推しの素晴らしさをしゃべる」についてご紹介しましょう。そのコツは、まず相手がどれくらい自分の推しについて知っているのか、そしてどう思っているのかを把握することが大事で、そこから始まるのだというのです。なんらかの情報を、誰かに手渡そうとすること、つまりは「発信」―それらはすべて、相手との距離をつかむところから始まるのだといいます。相手との距離とは、「自分と相手はどれくらい遠い場所にいるのか?」ということで、ここでいう「距離」とは、関係性のことではなく、「発信する内容についての事前の情報量の差異」のことだというのです。たとえば、「パクチーを使った料理がおいしいお店」という推しについて語りたいとき、まず相手との「距離」を測り、相手がパクチー嫌いの友人だった場合は、「私はあなたがパクチー嫌いだと分かっているけど、いったん話させて」というスタンスから始めたほうが、聞いてもらいやすくなるのだといいます。相手がパクチーを食べたことのない海外出身の友人なら、前提知識を共有(つまりパクチーについての事前情報を相手に伝える)しておいてから話すのが無難なのだというのです。また相手が自分よりもパクチーが好きな友人の場合は、「ねえねえ、〇〇ちゃんもパクチー好きだったよね?あのさあ、このお店知ってる?」と相手に情報を持ちかける形でしゃべりかけるのが速いのだといいます。そして、相手が自分と違って「その情報についてどのくらい知っているのか」「その情報についてどのような印象を抱いているのか」という2点を把握しておくこと、それがすべての発信におけるポイントなのだと語るのです。 この2点の相手の状況を把握したら、次にすべきは、➀自分と相手の情報格差を埋めることで、その後に➁自分の伝えたいことを伝える、という順番なのだといいます。「フェーズ➀情報格差を埋める」ときにやるべきことはいろいろあるのだそうですが、三宅さんは次の3パターンを挙げるのです。
<1>「相手の知らない情報を補足」パターン:推しに関する基礎情報や、自分がしゃべりたいことについての補足情報が必要になるパターン。具体例は、「そもそも宝塚歌劇団っていうのは、トップ娘役がいてね……」等。ここでは、どのくらいの情報を伝えるか、その塩梅はとても難しいのだといいます。ではどうするかというと、フェーズ➁で伝えたいことを分かってもらうために必要な情報だけをフェーズ➀で伝えることに注力するのだと。つまり、フェーズ➁の説明を分かってもらうためには、フェーズ➀でなにを知っておいてもらうべきなんだろうか?と逆算するのだというのです。逆算して情報の取捨選択をするというのが、補足情報や基礎知識を説明するときのコツなのだといいます。
<2>「相手の興味ある枠に合わせた譲歩」パターン:相手の「知りたい」「わかりたい」「興味がある」枠に、自分の伝えたいものを入れてみる方法。具体例は、「ダンスのうまいK-POPアイドルが好きな友人に『日本にもすごい踊れて歌えるアイドルがいるんだよ、ほら見て』と紹介してみる」等。これは「譲歩」―相手に合わせてこちらが一歩歩み寄る方法であり、うまくいけば相手が全く興味のなかったジャンルにも関心を寄せてもらえるので、三宅さんはよく使うのだそうです。
<3>「相手の興味のなさに言及」パターン:まったく相手が推しに興味がなさそうと思うときに使う手段。具体例は、「あなたは全然興味ないと思うんだけど、とある声優に突然はまっちゃってさぁ……」等。とにかく「あなたが興味ないことは分かっていますよ~」というサインを最初に出すのだといいます。なによりも「あなたのことに、私は興味がありますよ」という意志を伝えることが重要なのだと。あなたに興味があるからこそ、このジャンルにあなたが興味を持っていないことが分かるんだよ、というそんな気持ちを少し出すだけで、聞く耳を持つ気になるものだというのです。 続いて、フェーズ➁の伝えたいことを相手に伝える段階では、なにが必要になるかというと、三宅さんは次のように語っています。「伝えたいジャンルについて、あまり理解していなさそうな人」にしゃべるときのコツは、専門用語をできるだけ説明することなのだというのです。つまり、しゃべっているときに「注釈」をちゃんとつけることが大切なのだといいます。フェーズ➀で述べたように、できるだけ相手の情報量を把握しておき、その上で、相手が理解できないような単語を使うのは控え、別の言葉に置き換えるのだというのです。 また、不特定多数に対して一人でしゃべるときのコツは、「ここを聞いてください」というポイントの強調だといいます。たとえば学生時代の授業で、生徒が多少眠くとも興味をそそられる話の上手な先生は、1時間しゃべっている中で「ここだけは聞いとけよ」というポイントを言葉に潜ませているのだというのです。3、4分に1回くらい、緩急を細かくつくって、ここを聞け!という念が生徒に伝わってくるのが、いい先生のしゃべり方なのだといいます。そして、三宅さんは、これまでプレゼンや講演で、あれこれ失敗して分かったのが、一番よくないのは「聴衆をどこへ連れて行きたいか分かっていないとき」なのだというのです。「どこへ連れて行きたいか」とは、単純に「この結論を分かってもらおう」といった、しゃべりの終着点のことだといいます。さらには「今笑って聴いていてほしい」「ここは『なるほどね』と納得してほしい」といった、反応を予測する力のことでもあるのだと。感情であれ情報であれ、「聴いている人がどうなってほしいのか」を、語り手が把握できていることが重要なのだというのです。
つまり、私たちが日本酒の美味しさを言語化する際のコツは、まず相手がどれくらい日本酒について知っているのか、そしてどう思っているのかを把握することが大事で、そこから始まるのだということでしょう。相手に日本酒をおすすめしたい時、まず相手との「距離」を測り、相手が日本酒嫌いだった場合は、「あなたが日本酒嫌いだと分かってはいますが、少しだけお話させていただいてもいいですか?」というスタンスから始めれば、聞いてもらいやすくなるのだということです。相手が日本酒なんて飲んだことのない海外出身の方の場合なら、日本酒についての事前情報を相手に伝えるという、前提知識を共有しておいてから話すのが良いということでしょう。また相手が日本酒ツウの場合ならば、いきなりマニアックな専門用語から入っても大丈夫だということなのです。そして、たとえば「フェーズ➁自分の伝えたいことを伝える」が、「辛口日本酒の美味しさを伝えたい」なら、そのためには何を知っておいてもらうべきかを逆算して、「フェーズ➀自分と相手の情報格差を埋める」ための言葉を取捨選択するということになります。「相手の知らない情報を補足」パターンを使えば、相手が日本酒は好きだけどそんなに知識はないという方であれば、「日本酒の辛口の意味って、辛い味があるわけじゃないって知ってました?」という言葉から入るとか、あるいは日本酒ツウの方なら、「司牡丹の人気商品『船中八策』のシリーズに、『生酛』があるって知ってました?」という入り方もありでしょう。また「相手の興味ある枠に合わせた譲歩」パターンを使うなら、相手が日本酒は嫌いであっても美食家だった場合、「あなたが日本酒嫌いだと分かってはいますが、美味しいものを食べることは好きでしょう?実は食の素材の良さを下から支えて押し上げ、その美味しさを倍増させるという日本酒があるんですが……少しだけお話させていただいてもいいですか?」という具合です。あるいは「相手の興味のなさに言及」パターンを使うなら、相手が日本酒なんて飲んだことのない海外出身の方の場合、「今は全然興味ないと思いますけど、日本に住んでいるなら是非知っておいてほしいことがあるんです。」と切り出し、日本酒とは日本のお米と水から造られたお酒で、アルコール度数は15度前後であり、その伝統的酒造りの優れた技術はユネスコの「無形文化遺産」にも登録された等々、日本酒についての事前情報をサラリと相手に伝えるという、前提知識を共有しておいてから話すのが良いということでしょう。 また、日本酒について、あまり理解していなさそうな人にしゃべるときのコツは、専門用語をできるだけ説明することですが、できるだけ相手の情報量を把握しておき、その上で、相手が理解できないような単語を使うのは控え、別の言葉に置き換えるということです。たとえば、私が「生酛」の説明を求められた際には、相手がほぼ日本酒の知識がない方の場合は、「昔の造り方です。」で済ませ、少し知識がありそうな方には、「日本酒の酒母造りの際に醸造用乳酸を添加せず、乳酸が生成されるように仕向ける手法です。」といった説明の仕方をしています。次に、講演の場合など、不特定多数に対して一人でしゃべるときのコツは、「ここを聞いてください」というポイントの強調だとありましたが、「聴いている人に少しでも日本酒ファンになってほしい」というのが最終目標ならば、日本酒嫌いの人が好きになるようなポイントを強調すればいいということなのです。日本酒の匂いが臭いと思っているような方には、「近年は果物みたいにフルーティな香りの日本酒が増えてきた」ことを強調するとか、日本酒は次の日にアルコールが残ってツライと思っている方には、「『和らぎ水』といいますが、チェイサーとして途中で水を飲めば、まず次の日に残りませんよ。」ということを強調すればいいのだといえるでしょう。
【推しの素晴らしさを文章に書く】
三宅さんは、推しの素晴らしさを伝える「長文」の書き方について、書きだす前にやってほしいことが2つあるのだといいます。➀読者を決める。➁伝えたいポイントを決める。この2点だと語るのです。どちらも書き終わりの「ゴール」を決めるために必要なことなのだといいます。そもそも文章を書くことが難しい理由は、書いている自分自身が、ゴールがどこだか分からなくなりがちだからだというのです。だからこそ、まずは自分で文章のゴールを設定することが重要なのだといいます。文章のゴールとは、➀想定した読者に、➁伝えたいことが伝わること。どんな文章でも、これが常にゴールなのだというのです。読者を決める際には、「そのジャンルを既に知っている人に向けて書くのか、知らない人に向けて書くのか」ということが重要になるのだといいます。なお、あくまで想定読者なので、実際に読むかどうかは関係なく、想定することに意味があるのだというのです。さらにもうひとつ、想定読者と「推し」がどのくらいの距離なのか、考えてみることが重要なのだといいます。これは前項の「推しの素晴らしさをしゃべる」でお伝えした、自分と相手の推しに対する距離感がどれくらい離れているかを把握するのと同じプロセスなのだというのです。そして、読者が決まったら、「➁伝えたいポイント」を決めるのですが、絶対にこれだけは伝わってほしいという要点を一点だけに絞ることを、三宅さんは推奨しています。書き方としては、「××(要素)が、〇〇(感情)だったこと、なぜなら△△(原因)だから。」という形で書くのが一番おすすめなのだというのです。 実際に文章を書く際に、一番重要で、一番難しいのが「書きだし」なのだといいます。三宅さんは、次のとおり書きだしパターンを4つ挙げて紹介しています。
<書きだしパターン➀>よかった要素を描写する:あなたが推しに心揺さぶられた要素を書きだしで説明するということです。なにについて自分は書きたいのかを宣言するように書いてみましょうと三宅さんは語っています。次に、引用した要素について自分がどう感じたのか、感情の原因をあわせて説明するのだといいます。ここで重要なのは、「全体についてのふわっとした感想を書く」よりも、「自分が気になったひとつの要素について丁寧に書く」のを優先することだというのです。
<書きだしパターン➁>自分語りをする:三宅さんは「自分語りは最初にやっておくのが吉」が持論なのだといいます。ある映画の面白さについて書きたい場合、次のような構成になるのだというのです。➀自分の体験を書く。→➁同じようなことが描かれていた映画の場面を説明。→③どのような点が同じだと思ったのか共通項について説明。
<書きだしパターン③>「文脈」で始める:自分の好みとの共通点や、自分には想像できなかった新しさがあるものの場合、「文脈」の説明から始めてみるのだといいます。たとえば、「今自分が推しているアイドルは、実は松田聖子さんとの共通項がある」と始めれば、共通項を出しているだけなのに、日本のアイドル史の文脈の中に自分の推しアイドルを位置づけることができるのだというのです。あるいは、「今自分が推しているアイドルは、これまでのアイドルにない新しさがある」の場合は、日本の女性アイドル史の中で新規性を持っているという文脈を加えることができるのだといいます。 <書きだしパターン④>奥の手、「問い」ではじめる:「なぜキャラクターに興味のなかった私が、サンリオのぬいぐるみを集めることになったのか?」のように、「なぜ」や「どこが」といった疑問を提示する言葉を使って書きだすのだというのです。この手法のなにがいいかといえば、文章を書く前に設定した「この文章を伝えたいポイント」を最初に確認できることだといいます。伝えたい点を問いの形で提示すればいいだけなので、書く自分も読む相手も迷子になりづらくなるのだと。ただし、問いかけは書きだしが似ている印象になりがちなので、この方法は奥の手なのだというのです。
書きだしてしまったら、あとは書き終えるだけですが、なによりも重要なのは「まず、書き終える」ことだといいます。修正することを当たり前と考えて、しっちゃかめっちゃかな文章でいいから、まず書き終えてしまうほうが完成までの時間は短くなる、というのが三宅さんの体験談なのだというのです。書き終えるまでのコツはただひとつ。「書き終えること」だけを目標にすることだといいます。書き終えるまでに注意した方がいいヒントとしては、まず気をつけたいことは、「調べたら分かることについて、長々と書かない」ことだというのです。たとえば、自分の調べたことをすべて文章にしてしまうというケースがよくあるのだといい、しかしそれはあなたの文章に必要ない情報の場合も多いはずだといいます。気をつけたいもうひとつのポイントは、ありきたりな言い方を避けることだというのです。「最高!」と書きたいとき、「どういうところが最高なの?」と考えて細分化する。「やばい」と書きたいとき、「どういうふうにやばい?」と考えて言葉にする。大切なのは、語彙力ではなく、細分化なのだというのです。次に、書けなくなったときの対処法についても紹介されています。まず、なぜか筆が止まってしまうパターンの場合、最初に疑うべきは「そもそも書きだしがおかしい」だというのです。特に広がりのない論点を無理に広げてしまっているとか、本当はあまり書く気にならない要素を書いてしまっているとか、違和感のある書きだしから始まってしまうと、書き続けることができないのだといいます。それでも書けないという場合、「推しに再度触れる」ことを三宅さんはおすすめしています。「推しについて書く」とき、一番の原動力となるのもやはり推しなんだと語るのです。 最後は修正で、「文章=1回書いたら終わり」という常識をやめて、「文章=何度も書き直すもの」という考え方にシフトしましょうと、三宅さんは語っています。修正するときの基準は、「➀想定した読者に、➁伝えたいことが伝わる文章」かどうかという軸で、この➀➁が達成できている文章だろうか?というのをゴール基準に修正するのだというのです。コツは、自分じゃない別人になったつもりで読み返すのだといいます。そして、おすすめの修正方法として、次の3つを挙げるのです。➀文章の順番を変える。➁いらない文章を削る。③見出しをつける。まず、自分の文章がなんだか微妙だなと思ったときは、「自分が一番いいと思うフレーズを冒頭に持ってくる」という順番の改変をすすめています。さらに、「必要のない文章はないか?」、そんな視点で自分の文章を読み返して削ることで、すっきりとした伝わりやすい文章が生まれるのだというのです。そして最後に、ある程度長いまとまった文章で使えるテクニックとして、見出しをつけることをおすすめしています。つまり「タイトル」をそれぞれつくって、目次が分かるようにするイメージなのだと語るのです。 さて、日本酒の素晴らしさを伝える「長文」の書き方ですが、書きだす前に読者を決めて、伝えたいポイントを決めるということになります。これは、たとえば「日本酒にまったく興味がない人に少しでも興味を持ってもらうこと」なのか、「ワイン好きな人に日本酒も好きになってもらいたい」なのか、「フルーティな日本酒が好きな人に辛口の日本酒も好きになってもらいたい」なのか……等々で、まったく内容も書き方も異なってくるわけですから、当然書きだす前にしっかりと決めておくということです。そして、絶対にこれだけは伝わってほしいという要点を一点だけに絞り、三宅さん推奨の書き方にならうならば、たとえば「お燗酒(要素)が、あまり好きではなかったのに、ある時信じられないくらい美味しいと感じた(感情)のは、湯煎でベストな温度にして、鮮度抜群のサンマの塩焼きと合わせていただいた(原因)から。」という具合になるでしょう。次に書きだしですが、「書きだしパターン➀」の「よかった要素を描写する」なら、前記の「お燗酒とサンマの塩焼き」のような事例になるでしょうし、「書きだしパターン➁」の「自分語りをする」なら、たとえば子どもの頃に嫌いだったレバーが大人になって好きになったという体験を書き、大人になってからも嫌いだった燗酒が好きになった体験を説明し、その共通項は実は提供温度だったという具合です。「書きだしパターン③」の「『文脈』で始める」なら、たとえば「この日本酒には、今大人気で入手困難な日本酒『十四代』との共通項がある」というような具合でしょう。「書きだしパターン④」の「奥の手、『問い』ではじめる」なら、「なぜ日本酒嫌いだった私が、日本酒専門店を継ぐ決心をしたのか?」という具合です。 日本酒の表現にありきたりな言い方を避けることも大切でしょう。たとえば「この日本酒、香りが最高!」と書きたいとき、もう少し細分化して考え、たとえば「上立ち香は控えめで派手さはないのに、飲んだ瞬間フワリとフルーティな香りが膨らみ、口中いっぱいに広がり、流れるように消えていく。」といった具合でしょう。また、書けなくなった際には、やはり三宅さんの言葉通り「推しに再度触れる」こと、日本酒の場合なら、その推したい日本酒を実際に堪能してみることです。この際、単にその日本酒を利き酒したり試飲したりするだけでなく、友人らと共に実際に宴席で食事と共に堪能してみるべきだといえるでしょう。最後に修正ですが、別人になったつもりで、「➀想定した読者に、➁伝えたいことが伝わる」が達成できている文章かどうかを基準に、修正すれば完成するということなのです。 【「美味しい」を文章にする愉しみ】
続いては、齋藤孝先生のご著書から「『美味しい』を文章にする愉しみ」について、ご紹介しましょう。文章を使って食レポをするという場合、まず最初にそのお店がどのような街にあって、どんな門構えで、入ってみたらどんな雰囲気だったというところからスタートし、入店後、お店の人とのやりとりがあり、メニューを見て注文、その後料理が来てから実際に食べて味についてコメントする、という流れが一般的でしょうと語っています。ただしその前に、何を期待してここに行ったのかというきっかけのようなものが示してある方が、読み手にとっては親切なのだというのです。「自分はとにかく安くて美味しいものを探すために〇〇区内を全制覇してみました」のような明確なテーマがあると、制約がはっきりしているだけに面白く、興味をそそられる人にとって役に立つ内容になるのだといいます。 そして、美味しいを文章にするとき、何か一つについて絶対的な評価を下すのはなかなか難しいものですが、二種食べてその違いを述べるのであれば、誰にでもやりやすいのではないでしょうかと齋藤先生は語るのです。これは人間の認識能力の基本で、認識というのはまず「違い」(差異)があって分かるようになっているので、比較することで自分でもそれぞれに対する評価が分かりやすくなるのだといいます。ただしここで注意したいのが、どちらかを上げてどちらかを下げるのは避けるということだと。優劣をつける必要はなく、純粋に違いを評価すればいいだけだというのです。次に、自分の身体感覚にフォーカスして表現するという方法もあるのだといいます。たとえば、「自分の舌が喜んでいます」という言い方も悪くはないのですが、たとえば、「舌の上で爆竹のようにバチバチ爆ぜる」など、「喜んでいる」という感覚に具体性を持たせるとさらにいい表現になるのだというのです。また、擬態語や擬音語から始めてみるのもいいかもしれないとおすすめしています。「プルプル震えるよう」だったり、「キュッと引き締まるよう」だったり、自分の体の感覚に焦点を当てて、これを表現するにはどうするのが適切かを考えるのだと。自分の感覚にフォーカスするということは、心理療法的にはユージン・ジェンドリンが提唱した「フォーカシング」というカウンセリングの技法に当たるのだというのです。体の中にいわく言いがたいモヤモヤした感覚があるとして、その感覚に焦点を当てて意識を深めていき、言語化しようとしてみるのだといい、そうすることで心のモヤモヤや悩みから解放されるのだといいます。 食べた印象や感動を、五七五で表現してみるのも面白く、記憶にも残りやすくなるのでおすすめだと齋藤先生は語るのです。たとえば、「辛いけど辛すぎはしないいい辛さ」など、単純に思い浮かんだことを言葉にしただけですが、このレベルで十分なのだといいます。ただし、「美味しい」は使わないことを条件にして、もっと具体的な言葉を探すようにするのだと。その時最も印象的だったポイントを使うのがコツだというのです。また、テレビドラマ「孤独のグルメ」は、食の癒しについて学べるのだといいます。おじさんが一人で食事をして、一人で感想をつぶやく、ただそれだけで大きな事件は起こらないのですが、それに妙に惹きつけられてしまうのだというのです。個食というと少し寂しい雰囲気がありますが、「孤独のグルメ」には一種の贅沢さを感じさせるのだといいます。冒頭のナレーションにそれが詰まっているとして、紹介するのです。「時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たす時、つかの間、彼は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。この行為こそが現代人に平等に与えられた、最高の癒しと言えるのである。」(テレビドラマ「孤独のグルメ」より) さて、日本酒の美味しいを文章にする際にも、やはり明確なテーマがあると、制約がはっきりしているだけに面白く、興味をそそられるということでしょう。たとえば、「いまどき一升瓶2,000円以下で買える美味しい晩酌定番酒!」とか、狙っているターゲット顧客に刺さるようなテーマを考えるということです。また、一種類の日本酒の香味を文章化するよりも、確かに二種類の日本酒を比較してその違いを述べる方が容易であるといえます。たとえば、「超辛口の代表的ブランド2銘柄を飲み比べ!」などというやり方です。続いて、自分の身体感覚にフォーカスして表現するという方法は、たとえば「舌が、喉が、次のもう一杯を求めて強硬に要求してくる!」などでしょう。最後に、日本酒の印象や感動を、五七五で表現してみるのも、確かに面白いでしょう。五七五の17音では短すぎると感じるなら、五七五七七の31音で考えてみてもいいのではないでしょうか。たとえば、こんな事例はいかがでしょうか?「鮮度いい刺身が入手できた日は酢みかん添えて土佐の辛口」。